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ペットじゃねえよ 5
「……っ!?」
ストン、と雫が落ちるように、はっきりとした低い声がこの部屋いっぱいに響いた。
来やがった……!
寝起きとはいえ、ベッドの上でうかうかとしていたせいで「奴」の気配に気づけなかった。いや、気をつけていたとしても、「奴」は敢えてそれを殺すだろう。
ノックもなしに遠慮なく、「奴」はこの部屋の中へと入室する。当然か。この部屋の……ひいてはこの屋敷の主なのだから。
後悔先に立たず。もう遅いとわかっていても、俺は再び頭からシーツを被り、ベッドの上で寝そべった。そして亀のようにうつ伏せになると、俺は「奴」へと背を向けた。
音のない足音と共に「奴」はこちらへ近づくと、ベッドの隅に腰を下ろし、俺の背中へそっと手を乗せた。
「エイシ」
声音は酷く優しげ。とろんと脳味噌が蕩けそうになるほど心地いい……。
だが! 俺はそれを拒む。
声をかけるな。あっちへ行け。
俺は脳内で「奴」を追い払いながら、シーツの中で瞼を瞑った。
なのに「奴」は俺を安心させるかのように、背中に乗せた手を優しく上下に動かし始めた。
どういうつもりでこんな行動を取るのかは知らない。だけどな。こっちはこんなもんで落ち着けるほど人ができてねえんだよ。
俺がこんなにも恐れている理由。それはこの身体に染み込んだ奴隷としての性と、ここ二週間ほどの俺への扱いにあった。
三億もの値で俺を競り落とした「奴」こと俺の主。さぞ金持ちなのかと思いきや、オークション会場の豚や化け物たちが立ち去るこいつにひれ伏したり、屋敷の魔物たちが常に忙しなく動いていたりと、かなり身分の高い立場の者であることを知った。
貴族だろうかと推測したが、実際はさらに身分の高い立場……というか、てっぺんだった。本当は俺に隠したかったらしいが、こいつに仕える魔物の一匹がうっかり「まおーさま」と口を滑らした。
マジかよ。「まおーさま」って言ったらもうあれだろ? 魔王様だろ? マ・オウ様じゃねえだろ、絶対。マオ様、ならまだしもさ。こんな混沌とした闇の世界に君臨する「まおーさま」なんてただ一つしかねえだろ。しかもその翌日から、そのやらかしちゃった魔物の姿を見てねえもん。
ガタガタと身体が震えるのはしょうがない。だってそうだろう? 魔物の奴隷はやれても、てっぺんの者のペットなんて俺に務まるわけがねえ。そこからずっと、変な胃痛が治まらねえもん。ストレスだろ。決して拾い食いで下したわけじゃねえよ。
無理だわ。魔王なんて。非力な人間が勝てるわけねえし、逃げることすら不可だろ。
不憫で仕方ない。本当にどうして、俺をこんな形で生まれ変わらせたんだよ。
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