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甘い蜜 己の罪 5

 動揺する俺を他所に、何やらご機嫌の「魔王」はマイペースに話を続けた。 『良い子にしているご褒美に、土産を買ってこよう。何か欲しいものがあれば言いなさい』  土産。そんな単語、久々に聞いた気がする。なぜだろう、胸がふわりと熱くなった。  自身の左胸を服越しに手で押さえながら、俺は欲しいものを思い浮かべる。うーん……いざ考えてみると、なかなか浮かばないな。食い物が無難だろうけれど、普段から美味い食事ばかりで特別食いたいってのがないし、物品もな……いきなり言われてパッと思いつかない。そもそも、仕事の行き先を知らないから、何が名産なのかとかわからねえし。  それに、こいつに「魔王様〜。俺、ブランドものが欲しいの〜♪」なんて気持ちの悪い真似は絶対にできないし、死んでも嫌だ。もう、一度は死んだけど。  結局、「別に、何も……」と可愛げのない返事をした俺に、「魔王」は何がおかしかったのか。 『欲がないな。俺のペットは』  と、小さく笑ったようだった。 「むぐぅ……」  なんだか腹立たしいな。欲すらない男なんてつまらないってか? なら、無理難題を吹っかけてやる。  俺は絶対に聞いたことのないだろう単語を、「魔王」に向けてはっきりと言った。 「煎餅」 『ん?』 「煎餅があるなら、それが食いたい……です」  はん。こっちの世界じゃ、絶対にないだろ。似たような菓子はあるかもしれないが、そもそも「煎餅」って名前で売られてないだろうし。いくら「魔王」でもわからねえだろ。  さあ、困れ、困れ。煎餅って何ですか? 無知な俺に教えてください~って。そんでもって、通信魔法向こうでベソでも掻きながら頭を垂れて跪…… 『ふむ。買ってこよう』 「え……?」 『それまで、良い子で待ってるんだぞ』  え? ちょっと待って。煎餅だぞ? あるの? この世界に。え、あるの?  俺の企みがわかったのか、向こう側で小さく笑う余裕のこいつ。  仕返しとばかりに、俺の耳元で一層低く囁いた。 『エイシ』 「んっ……」 『ふふっ』  くっそ。耳元でわざと呼びやがって。弱いのを知っててやりやがる。  満足した「魔王」は、こちらの気も知らずに通信を切った。は〜、なんだかどっと疲れた。内容なんて短く些細なことなのに、あいつと話すとすげえ神経を使うわ。  それよりマジかよ。煎餅なんて、この世界にないだろ? 少なくとも、ここで生きてきた奴隷の俺は耳にしたことがない。きっとあいつも聞いたことすらないだろうに。現地の奴にでも聞くのかな? 煎餅はどこで売ってますか〜? って。いかん。煎餅を聞き回るあいつの想像をしただけでちょっと笑ってしまう。  でも、本当に買ってきたら「『魔王』様! 愛してる!」とか言って、ほっぺにチューでもしてやるか。なんて…… 「何、考えてんだか……」

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