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まおうさま 5
ちょっと待て。どういうことだ? 何でこの豚がここにいる!?
たまたまなのか? ここで狩りか何かをしていたとか……いや、違う。こいつらはオークションに出す獲物を常に狙う下種な生き物だ。たまたまなんかでこんなところにいるはずがない。
すると、俺が待っていた神木が化け物たちの後ろから現れた。
「な、に……神木?」
静かな神木はククッと口元を歪めると、見たことのないような下卑た笑みを浮かべてみせた。
「お前、神木……シンゲンじゃ、ないのか?」
神木はそれに答えなかったが、理解するのには充分過ぎる答えだった。
衝撃の事実に打ちのめされる俺の心境などどうでもいいのか、ご機嫌の豚は神木の肩を抱くと、俺に向かって意気揚々と説明を始めた。
「いや〜、手間が省けたぜ。もともとはこいつを『マオ』の屋敷に潜入させ、お前を誑かしてから外に引きずり出す作戦だったんだが……こんなに早く出てくるとはな!」
なんだよ、それ。神木の身体を使って、神木じゃない奴がこの豚たちと関わって、また俺を……あのおぞましいオークションに出そうと画策してたってことかよ。
人同士を引き合わせれば、仲間意識が芽生えて靡きやすくなる。豚にしちゃ、よくできた作戦だよ。
ああ、マジで……よくできた作戦だ……。
気力を失った俺は抵抗することも忘れ、ぼうっと空を見上げた。
夜だから、空気が濁っていてもよくわからねえな。あーあ……俺の人生、ずっとこんなんだ。
ずっと、ずうっと……生まれ変わっても……何にも報われない。思いすら、届かない。
もういいや。もう何も、望まない。
だからもういいよ。
もう本当に、好きにしてくれよ。
「こりゃ、上玉だな。あの男の匂いがついちゃいるが……ま、すぐに落ちるだろ」
「『マオ』の屋敷のペットってだけで箔がつくからな」
「つうことは、すでに使用済みってことだよな。俺なら初日で食っちまう」
「なら、今ここで俺たちが味見しても問題ねえってことだよな?」
「違いねえ……が、一番は俺だ」
生きることを放棄した俺の上で、豚たちがブヒブヒと話している。そしてオークションで司会をしていたあの豚が、俺の上に跨った。
何をされるのか、もう考えるだけで億劫だ。どうでもいい……。でも、こいつら「魔王」のことを「マオ」って呼ぶんだな。そう呼んだら、あいつとも少しは取っつきやすくなったかな?
ぼんやりと、「魔王」の顔を思い出した。その時……
「えーし!」
「……え?」
聞き覚えのある声が、俺たちの中に飛び込んできた。
ヒュッと現れた影はとても小さく、しかし俺の意識を現実へと引き戻すのには充分なものだった。
「ごぶ、りん……?」
俺の背丈の半分の……小さな小さな生き物は、俺の前に現れると、自身の何倍もの大きさの化け物たちに立ち向かった。
「えーし、はなせっ。えーし!」
たった一匹なのに、俺付きのゴブリンはその手に小さな槍を持って、俺の上に跨がる豚に襲いかかった。
しかし、身体の大きな豚はこの中で最強だった。
「ちっ、使い魔か……オラ!」
「ぎゃっ!?」
「ゴブリン!!」
ゴブリンは腹を蹴飛ばされ、他の化け物たちの脚元へと転がった。
俺の様子をやたら心配していたゴブリンだ。寝ると言って部屋に入った後も、心配で見に来てくれたに違いない。
でも俺がいなくなったから、ここまで必死に追いかけてきてくれたんだ……!
「えーし……えーし……」
俺の名前を呼び、ぐったりするゴブリンを目にして、俺は胸が引き裂かれそうになる。
俺については自業自得というやつだ。豚どもに売られようが、犯されようが、自分で望んだことの末路だ。甘んじて受け入れよう。
でも、ゴブリンは関係ない。逃げた俺を追いかけて、屋敷へ連れ戻そうとしただけなんだ。ただ「魔王」の言いつけを守っただけなんだよ!
虫がいいのはわかっている。でも、頼む。「魔王」、俺たちを助けてくれ。煮るなり焼くなり愛でるなり殺すなり、本当に好きにしていいから!
後悔先に立たず。俺は「魔王」が言っていた呼び寄せを思い出した。こんなことなら、「魔王」の名前を聞いとけばよかったな……。
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