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まおうさま 6

「他に追っ手はいねえよな? ふん。ペットに付ける魔物なんざ、知能も能力も低いもんで充分ってか。ギャハハ!」 「ぐえっ!」  横たわるゴブリンを、まるでサッカーボールのように脚で転がす化け物たちに殺意が沸いた。  俺は地面の草を土ごと握り締め、自身の奥歯が欠けるほど噛み締めた。 「ゴブリンっ……!」  ごめん。ゴブリン。短い間だったけれど、コミュニケーションもろくに取れなかったけれど……お前は俺のことを思って、おやつを作ってくれたんだよな。  砂糖のたっぷりかかった揚げパン、形はヘンテコだったけど、すげえ美味かったよ。  ごめん。本当にごめん……! 「よーし。お楽しみ、再開〜」  地に沈む俺が抵抗しないと踏んだのか、豚はズボンのベルトを緩めてジッパーを下ろし始めた。舐めてんのか? そんな隙だらけの格好で……。俺は嬲られるゴブリンへと視線をやった。  ごめんな。無事に帰れたら、一時間でも二時間でも怒られるし、罰も受けるから。だから、ゴブリン。もうちょい待っててくれ。 「はーい、ヒトちゃーん。ほそーいあんよを開こうね〜」 「……めろ」 「ん?」 「やめろっつってんだろ、この豚ー!!」  咆哮した俺はキッと見上げると、舌舐めずりをする豚の股間目がけて、思い切り拳を打ちつけた。 「ぎゃああっ!?」  まさに化け物が潰れた悲鳴。なよっちくとも、これは人間の男の手だ。急所の、しかも勃起した下でぶら下がっている睾丸目がけて拳を打ちつければ、いくら豚でも卒倒ものだろう。  ズドン! と、豚は泡を吹いて地に落ちた。その音に驚いてか、化け物たちが一斉に俺を見た。  おお、怖え。さすが化け物だらけだ。闇夜で見るこいつらには、恐怖しか覚えない。  でもそれが何だ。俺は一度死んでるんだ。だったら、これ以上……何を恐れることがある!?  俺は倒れた豚にビシッと指を突きつけながら、それまで言わずにいられなかったことを叫んだ。 「てめえ、ずっと身体が臭えんだよ! ふざけんのは首から上だけにしとけ! こんのアブラギッシュがぁ!」  オークションの時からずーっと臭ってたんだよ! やっと言えたわ、すっきりしたぁ!!  呆気にとられる魔物たち。これまでこんな風に逆らった人間はいなかったんだろう。しかし俺は気にせず、化け物に混じる神木へと指差した。 「おい、神木モドキ! てめえ、俺の惚れた男のフリして誑かすとはいい度胸だな! そのツラ、今すぐボコボコに腫れ上がるまで殴ってやるから、覚悟しとけ!!」  あまりの剣幕に慄いたのか、神木は後ずさると周りの化け物たちに俺を襲うよう手で指示を出した。 「ヒト風情が! 今すぐ食ってやるわぁ!」 「ああ、上等だよ! こちとら、一回死んでんだ! 二回も三回も変わんねーよ!」  こうなりゃヤケクソだ。相打ちどころか、一方的なリンチになるだろうけれど、それでも不思議と後悔はなかった。  この世界に、少しでも俺のことを思ってくれる奴がいた。それがたとえ仕事でも。  それから「魔王」。顔は綺麗でも、性格は歪んでいたし、不器用だったよな。おまけに毎晩俺を抱きまくりやがってさ。  最悪も最悪。でも、短い間だったけど、溺愛してくれてありがとな……。  俺はあいつに届くようにと、腹の底から叫んでみせた。 「マオー!!」  その瞬間、何かが俺の前に召喚した。 「だから外へ出るなと言ったのに……悪いペットだな、エイシは」  え?  俺はその姿を見て、これでもかと目を見開いた。 「ま、魔王……?」  俺は名前を知らない。知っているのは通称だけだ。呼び寄せに必要なのは、「魔王」の名前のはず。それなのに、どうして……?  そんな疑問が顔に出ていたのか、「魔王」は俺を見下ろし苦笑した。 「名前はまだ伝えていないはずだが……まあいい。たとえ誤解でも正解を呼んでくれたわけだしな」 「え?」  正解? とは、どういうことだ?  「魔王」はそれには答えず、自身の大きな手を俺の頭に乗せてくしゃくしゃと撫でた。  ああ、くそっ。事態は深刻だっていうのに、そんな暇があるのかよ。  「魔王」は普段よりも軽装の姿だった。遠征先で休んでいたのかもしれない。しかし黒のブラウスに、スラックスのような服装では、この屈強そうな化け物たちに勝てる要素が見当たらない。  でも不思議だ。頭を撫でられた瞬間、俺は安堵した。  こいつが来てくれた。もう大丈夫って。  じわりと、胸の奥が熱くなった。  そしてやはり、「魔王」は強いのだろう。こいつの姿を目にした化け物たちは、デカい尻を地面につけて悲鳴を上げる。 「ひいいっ!?」  そして俺に背を向けた「魔王」は、普段よりも機嫌の「いい」様子で、化け物たちに選択を迫った。 「可愛いペットが名前で呼んでくれたからな。俺はすこぶる気分がいい。さあ、お前たち……消し炭にされるか、氷漬けにされるか、どちらか好きな方を選べ」

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