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まおうさま 7

 そこからは一瞬だった。少なくとも俺の目にはそう映った。  以前、俺の目の前で従者が消し炭にされたことがあったが、その時も一瞬だった。あまりのインパクトでつい忘れそうになるが、その従者は「魔王」のペットである俺を襲おうとしたが故に消されたんだ。  気に入らない理由としては、もしかしたら充分なのかもしれない。「自分のものに手を出したから」。それだけで、「魔王」は消し炭にする。  そしてこの化け物たちも、勝手に手をつけたからという理由で、半分は消し炭、もう半分は氷漬けにされてしまった。もちろん、あの神木モドキも。  しかし化け物の方も逃げの一択ではなく、「魔王」に一矢報いろうとしたんだろう。振り投げた棍棒が「魔王」の左腕に当たり、一本まるまる吹っ飛んだ。 「魔王っ!」 「ふん。侮り過ぎたか」  ドバッと溢れ出る真っ赤な血が、俺の脚を動かした。俺を追いかけてきてくれたゴブリン以外、全ての化け物が倒されたわけだが、その代償として「魔王」から腕が失くなった。  止まらない大量の血液に、俺は錯乱する。 「腕っ……腕がっ……」 「エイシ、怪我はないか?」 「俺よりもっ……『魔王』っ、腕がっ……!」 「マオウ、じゃないんだがな……」  「魔王」は頭上で苦笑すると、すぐに魔法で血を止めた。それでもピタリと止まるわけじゃなく、ボタボタと垂れる血液をそのままに、こいつは俺を叱った。 「全く。お前が悪さをしなければこんなことにはならなかったんだ。少しは反省しろ」  いくらでも反省する。ゴブリンにも謝る。でも、今はそれどころじゃないだろう?  俺は「魔王」の身体に触れて、ボロボロと涙を零した。 「『魔王』っ……し、死んじゃ……死んじゃうっ……死んじゃ、やだ……やだぁ……! いたっ!?」  死んじゃやだ。  そう言うと、俺の額に鋭い痛みが走った。 「ばーか。こんなんで俺が死ねるかよ」 「……え?」  額に手を当てながら「魔王」を見上げる。すると、こいつは人差し指を立てながら、シニカルな笑みを浮かべていた。  それは、どこかで聞いたセリフだ。忘れるわけもない、俺にとっては大切で、ずっとしまっていたあいつの記憶なんだから……! 「……神、木?」 「あっちじゃ、ずっとそれか、シンゲン呼びだったからな……」  仕方ない、と。「魔王」は首を左右に振った。え? でも、神木は名前が…… 「あ……真弦(まお)?」 「気づくのが遅いんだよ。お前は」  絶対に忘れるわけがない。神木との記憶には自信があった。  でも、その覚えがそもそも間違っていたのだとしたら?  真弦と書いてマオと呼ぶ。あまりにもツラに似合わなかったから……というよくわからない照れ隠しで、俺はずっと名前を呼ぶ時はシンゲンと呼んでいた。  悪かったな、と。俺は「魔王」に、いやマオに短く謝った。  そして額に、もう一度いってぇデコピンをかまされた。

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