2 / 25

2.秀と雪彦

 (すぐる)の生家である富久澤(ふくざわ)家は、本州のちょうど中央辺りにそびえる秀峰の(ふもと)で栄えた由緒ある旧家だった。秀はその家の末っ子で、それぞれ六つと三つ上に、二人の兄がいた。  商才ある曽祖父は、地方の武士の血を引く豪傑な曾祖母を(めと)り、その実家の後ろ盾を得て様々な事業を(おこ)した。苦労の甲斐あって商いは成功し、地元で名士とされるようになったのが戦後の頃だという。その息子である大叔父が県の議員となって政治に携わり、祖父が経営を継いで父と共に近代化させることで、バブルの荒波を乗り切った、という話を耳が痛くなるほど聞かされた。  秀が物心つくころには曽祖父らは既に亡くなっていたものの、祖父は頑固だが闊達(かったつ)とした老獪(ろうかい)で、良くも悪くも古い人間だった。問題は秀の父だ。才能が無いくせに矜持ばかり高く神経質で、人の扱いに大きく差をつけるような器の小さい男だった。曽祖父の代から受け継ぐ財力と権力を笠に着て、へこへこする周囲の村人を見下したように威張る。秀が話しかけても鬱陶しそうに返事をするばかりで、愛された記憶は薄い。むしろいわれのない叱責を受けたことの方が多い。暗く恐ろしい納屋に一人閉じ込められた事件はトラウマで、しばらく暗闇が怖くて夜も寝付けなかった。  やりたい放題の父と、それを許す母や祖母が苦手だった。  そんな富久澤一門へ雪彦(ゆきひこ)が身一つでやって来たのは、秀が四つの頃だった。二つ年上の彼は、大叔父に所縁のある遠縁の生まれで、身寄りをなくしたばかりだった。それを父が年の近い男兄弟のため、その遊び相手として呼び寄せたのだという。雪彦の母が亡くなり、引き取り手を探していたところ、親類の中でも比較的裕福な本家に話が回って来て、父が面子を保つために一時的な養育を引き受けたというのが真相だったが、当時は“友達ができる”としか認識していなかった気がする。  成長してから思い返せばなんていじらしくて哀れな光景だろうとも思うが――何度も練習したのだろう、いたいけな少年は、待ち構える富久澤家の面々に、たどたどしく口を開いて、丁寧に一礼した。 『こんにちは、くすだゆきひこ、です。どうぞ、よろしくおねがいします』  夏の暑い日の出来事だった。  初めて彼に(まみ)えたとき、なんて綺麗なお姉さんだろう、と思った。真っ白い頬が、緊張と恥じらいで紅く染まっている。素直にそう口にした時、彼は少し慌てた様子で「僕は男の子です」とはにかんだ。その微笑みがまた、人形のように美しかった。 『すぐるさん、どんな遊びがすきですか』 『……遊んでくれるの?』 『うん。そのために、ここにきたんです』 『! じゃあね、ミニカー、あるよ!』  秀が雪彦に懐くのに、そう時間はかからなかった。長兄にして腹違いの兄、(みのる)は父の寵愛を一身に受け、豪気な二番目の(おさむ)は祖父の秘蔵っ子。常に疎外感を抱いて暮らしていた幼い秀の元に、誰にも分け隔てなく畏まった態度の少年が現れた。皆が優位に立ちたがる一族の中で、彼だけは唯一、自分と同じ後ろ盾のない弱い存在だった。雪彦は両親と暮らすことの出来ない、自分よりも可哀想な子だ。秀には、無関心だけれど家族がいて、居心地は悪いけれど家もある。雪彦にはそれはない、だから、自分が一緒に居てあげなくちゃ、と押しつけがましく醜い使命感に駆られたりもした。  朝の目覚めから夜の就寝まで、雛鳥のように雪彦の背中を追いかけまわした。家族はその様子を辟易した様子で、あるいはあまり関心がなさそうに見守っていたが、雪彦本人は文句の一つも言わず、秀を受け入れてくれた。  雪彦は兄弟が川の字で眠る和室の隣部屋で寝起きすることになった。そこは元使用人部屋だとかで、小さな箪笥以外の物がない寂しい場所だった。彼が可愛そうに思えて、夜更けにこっそり布団を引きずって行き、並んで眠ったりもした。雪彦が苦笑しながら手伝ってくれて、とても嬉しかったのを覚えている。父母に叱られてもやめるつもりはなかったけれど、結局、それも長くは続かなかった。「ちゃんと面倒をみなさい」と雪彦が叱られるようになったのだ。項垂れた雪彦を見て流石に反省し、自分だけ移動して彼の布団に忍び込んで眠ることにした。幸い、両親の寝床は離れていたため、大きな物音を立てなければ気づかれることもない。  忍びこんで『内緒だよ』と唇に人差し指をあてて囁くと、雪彦は神妙な面持ちでこくこくと頷いてくれた。雪彦は、秀を拒絶しない。異様なほどに大人びた子で、秀を叱るときもきちんと言い訳を聞いてくれた。それがどれだけ嬉しかったか、きっと誰にも理解してもらえないだろう。  ひとつの布団の中で笑い合う夜は、離れが建てられて四人それぞれに部屋が割り当てられるまで続いた。  ふと、考える。  強引に押し掛け続けた自分は、やはりあの父方の血を引いているのだろう。  そんな雪彦への執着はすさまじく、時には、自分を差し置いて雪彦を連れまわそうとする兄に反抗して怪我を負わせ、父に怒鳴り散らされたこともあった。突き飛ばされて顔や足を擦りむいた秀の方が重症だったし、それでも父が秀を怒鳴るであろうことは分かっていた。分かっていてなお、雪彦だけは取られたくなかったのである。  もっとも、雪彦には逆の誤解を与えて気を揉ませてしまったようだが。 『どうしてあんなことをしたんです。僕は秀さんから、お兄さんたちをとったりしません』 『違うよ、逆なの。兄ちゃんに、雪彦をとられるのがいやなの!』 『えっ……?』  そんな独占欲を披露しては、雪彦を唖然とさせた。  二年遅れて小学校に上がると、休み時間や放課後までべったりの始末で、教員や兄ですら呆れるほどだった。全校生徒が四十人ほどの小さな地方の分校は、そのほとんどが富久澤家の権威に怯えていたため、秀には心から笑い合える友達がついぞ出来なかった。次兄の理などは子分を従えて上手くやっていたようだが、その次兄の笑顔も強張っていたように思う。子供心にあれは友達とは言えない不健全なものだと違和感を覚えていて、余計に雪彦への依存を強めた。彼が何をどう思おうと、秀の中での雪彦は唯一無二の親友だったのだ。  秀の半生のほとんどが雪彦と共にあった。彼に励まされると嫌いな野菜も食べることが出来たし、雪彦に手を引かれると苦手な風呂場へ向かう足も軽くなる。雪彦に褒めてもらいたくて、テストも宿題も頑張った。  雪彦は何でもそつなくこなした。テストを受けさせれば百点の嵐、作文を書けばコンクールで入賞して地方紙に載り、スポーツをやれば経験者にも劣らぬ動きで周囲の度肝を抜く。功績は兄たちを凌ぐほどで恨みを買うかと思いきや、本人がへりくだった態度を崩さないためか、自尊心の強い理さえ気分を害した様子が無かった。その一方で甘ったれな秀を宥めすかし、機嫌を取ることにも長けていたのだから末恐ろしい。  優しく賢く美しい雪彦は、秀の支えであり自慢だった。  いつだったか――恐ろしいものを目にして呆然と震えていたとき、|傍《そば》に寄り添って、ぎゅっと手を握りしめてくれたのを、鮮明に覚えている。 『ゆ、ゆき、あれ、何で? どうして? どうして稔兄ちゃんが——』 『だいじょうぶ、です、秀さん。あなたにはあんなこと、させません。僕があなたを守りますから』  雪彦の声は僅かに震えていて、重ねられた手は血が通っていないみたいに冷たかった。

ともだちにシェアしよう!