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3.事件の夏①

 それから数年後、(すぐる)が中学に上がる直前に長兄の(みのる)が命を落とし、家中が荒れた。過度な期待は次兄の理に集中し、秀は最初からいない者のようにぞんざいに扱われるようになる。秀はこれ幸いとでもいうように、夜遊びを繰り返し、不良のまねごとをして、家には近寄らなくなった。  兄の件が直接的な原因ではない。  幼い頃から、誰からも信頼される優等生だった雪彦。彼に対して薄々感じていた劣等感が、成長するごとに浮き彫りになっていったのだ。  彼と自分は、同じなんかじゃなかった。才覚を周囲に一目置かれる彼より、何も持たない自分の方がみじめだったのだ。目を逸らし続けていた事実が、一番の親友を自負していた少年の心に影を落とした。  同時に、自分の存在が雪彦の足枷にしかならないということに気づいてしまった。彼は自分の事より秀のことを優先する癖がある。これはきっと、彼の将来のためにならない。父は秀より雪彦に期待を寄せるようになっている。ゆくゆくは後継者である(おさむ)の片腕にするためだ。  徐々に疎遠になるかと思われたが、雪彦は秀に構い続けた。もう自分のことなど見てくれなくなるだろうと思っていたから、素直に嬉しい反面——屈辱を覚えた。  彼もきっと、裏では秀のことを「ダメ息子」として嘲笑(あざわら)っているのだ。そうでなければ、何もない出来損ないの自分に隷属し続けるわけがない。あいつは最低なヤツだ。そう思うことでしか、ショックと閉塞感を和らげられなかった。 「秀さん、今日の部活は何時ごろ終わりますか」  やめろと言っても聞かない敬語と低姿勢にうんざりしつつ、人気の無くなった廊下で足を止める。 「さあ? いいから先に帰ってろよ、お前はもう引退しただろ」 「でも、今日は帰りに湖を撮りに行く約束でした」 「あー……そうだっけ」  厳密には約束ではない。次はいつ撮影に出向くのかと問われたので適当に答えたら、自分も付いていくと言い出しただけだ。 「そんなのいつでもいいよ。お前、受験勉強があるだろ」 「勉強こそいつでも大丈夫です。じゃあ、図書館で待ってますね」  小さく頷いた雪彦を見送り、人知れず舌打ちをする。  どうしたら彼を真っ当な道へ導けるのか。この屈折した感情を発散できるのか。ヤツに一泡吹かせることが出来るのか。  いっそ、俺のことなど嫌ってしまえばいいのに。  閃いたのは、そんな感情だった。  夕闇の中、秀はひとり、口もとを歪めた。

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