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6.新たな夏のはじまりはじまり

 須子島観光案内所(すじしまかんこうあんないじょ)は、フェリー乗り場の待合室に併設されている。所員は秀を含めて四人、事務所にそのまま案内用のカウンターをつけたようなこぢんまりとした職場で、来客にすぐ対応できるようになっている。  通い慣れた職場に裏口から入り込んだ秀は頭をわしゃわしゃと掻きむしり、欠伸を噛み殺してデスクに着いた。 「はよーございます……」 「おはよう。……どしたの富久澤(ふくざわ)、元気ないね。昨日帰ってきてから変じゃない?」  書類の散らばった自分のデスクに突っ伏すと、隣の山地(やまぢ)がきょとんと目を丸くする。二八才で三人の子がいて、島生まれ島育ちの、ちょっと派手めな先輩職員である。もう一人の先輩職員は、本土の方でイベントの準備に駆り出されていて不在。なんとも閑散とした職場だ。 「やー……ちょっと嫌な夢見て、朝から疲れちゃって……」 「嫌な夢?」 「ハイ。もう、走馬灯みたいな」 「何それ。まだまだ若い癖におじいちゃんみたいなこと言っちゃって」 「いやもうほんと……ホントひどかったんすから笑わないでくださいよ……」  それもこれも、昨日、あの男に出くわしたせいだ。  ――あの頃から何も変わっていなかった。声も、身長も、手が氷みたいに冷たいのも。  昨日は結局、雪彦の腕を振り払って逃げ出し、島を彷徨っていたところを所長の車に拾われた。あの夏祭り後の再現のような出来事だった。  観光しに来たのだと思われるが、皮肉な再会もあったものだ。これが冬なら仮病を演じて三日ほど家に閉じこもることも考えたが、世間はもうじき夏休みで、観光案内所は繁忙期の真っただ中にある。仕事は山積みだ。増加した観光客へ向けての平常業務のほかに、ブログやSNSの更新頻度を上げたり、お盆の夏祭りのイベント準備にも人手を割かれる。少なくとも、下っ端の秀に与える休暇などない。 「最近寝苦しくなってきたもんねえ、夏バテしないようにね」  山地が軽快に笑ったところで、背後の職員出入り口が開いて熱風が入り込んだ。五十代で温厚な所長の柔らかい声と、もうひとつ、控えめに受け答えをする若い男の声が聞こえる。 「おはようみんな、新しいバイトくんが来たぞ~」  そういえば、夏の期間だけ祭りの雑務担当を雇うことにしたと言っていた。男だと聞いてすっかり興味を無くしていたが――。 「おい富久澤、起きて起きて! 新人君の紹介なんだから、先輩だろ!」 「ウッス……」  のそりと身を起こしてそちらを見やって、ぎょっと目を剥いた。 「あ……」 「……なんで?」  同じように見開かれたガラス玉みたいな雪彦の眼と視線が交差して、絶句する。 「楠田雪彦(くすだゆきひこ)くんだ。よろしくやってくれ~」 「……⁉」  露骨に狼狽(ろうばい)した秀を見据えたまま、雪彦は小さく一礼した。 「……楠田です。(えん)あって、短い間ですがお世話になります。何卒よろしくお願いいたします」

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