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14.甘くて苦い夏の夜の夢
「う……?」
頭の中を引っ張られるような痛みで目覚めた。いつの間にか自室のベッドで眠っていたらしい。暗い部屋の中で扇風機もテレビもつけっぱなしだ。喉がカラカラに渇いて苦しいし、全身が妙に火照 っているのに寒気がする。風邪でも引いたのだろうか。
「あ、お目覚めですか」
「……⁉」
すぐ横で声がした。身を捩ると、ぴったりと添い寝するように横たわった雪彦が眠そうな目を擦って気だるげに見上げてくる。
「えっ……ななっ、なんで、おまっ」
「何でって――求めてきたのは秀さんの方じゃないですか」
「はぁ⁉」
叫びながらタオルケットをめくりあげる。パンツもズボンもある。後ろに違和感もない。雪彦も下は履いている。混乱しながら、絡まった記憶の糸を必死に手繰り寄せる。居酒屋で昔話を始めて、そこから先は覚えていない。
顔を赤くしたり青くしたり、忙しない秀の様子を見て雪彦が小さく笑った。
「冗談です。安心してください、所長命令で送って来ただけです」
「なっ、馬鹿! 笑えねーよ!」
「忘れるような飲み方をした秀さんも悪いですよ。心配で今まで付き添ってあげていたんですから」
「別に頼んでねーし……」
「ああ、でも俺をベッドに引きずり込んだのは本当ですから。寒い寒いとあんなに甘えて、一体誰と間違えたんですか」
「は、うそ……っ」
かっ、と頬が熱くなる。押し黙った秀を見詰めていた雪彦は、一つため息を吐いて脱ぎ捨てていたシャツを羽織った。そのまま冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、渡してくれる。それを無言でひったくると、乱暴にキャップを捻って一気に飲み干す。勢いをつけすぎて口の端からあふれた水が滴った。
「また行儀の悪い……」
「!」
口元を拭おうと伸びて来た手を、反射的に叩き落とした。色々と苛立った衝動のままに動いたのだが、それ以上に、彼に触れられると妙にむず痒い気持ちになるのが恐ろしかったからだった。雪彦は唖然としてから、容赦なく弾かれた右手をじっと見た。いたたまれない気持ちになって目を逸らす。
「……やめろよ、そういうの。もう」
――昔のことは忘れるんだろ。
視界の端で、雪彦が複雑な笑みを浮かべるのが見えた。
「……やっぱり、俺に触られるのは嫌ですか」
「そういう話じゃ……ちょっ、わっ!」
突然雪彦がタオルケットを引っ掴ん高と思うと、ばさっと全体を覆うようにかぶせかけてきた。
子供の扮するお化けのようになった秀の身体を、不意に、ぎゅっと長くて蛇みたいな腕が抱きしめてくる。忘れもしない、少し低めの、雪彦の体温だ。
「……これぐらい、許してください」
「……ッ」
小さく耳元で囁かれたかと思うと、次の瞬間には解き放たれた。心地よい彼の熱が離れていってしまう。
静かな足音が廊下の方へ遠ざかり、玄関ドアを開閉する音が響く。身体の硬直が解けてタオルケットを払いのけた頃には、もう雪彦の姿は無かった。
——なんだ、今のは。
恋人が別れを口にすることさえ惜しむような仕草だ。夢か。そうか、夢に違いない。
「……寝直そ」
ぱたり、と硬いベッドに倒れ込んで、通販の商品説明を繰り返す深夜テレビの電源を切る。
夢でも夢でなくても、どっちでもいい。胸の高鳴りと、久方ぶりの人肌に、勃ち上がった熱が静まりさえしてくれれば。
目を瞑ると、寝具にしみ込んだ彼の匂いが、微かにまだ残っている気がした。
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