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21.微熱に浮かされ
祭りを翌々日に控えた島内は、活気あふれる熱と喧噪に包まれていた。
商店街の北端に櫓 が組まれ、店の前にイカ焼きとか金魚すくいとか、屋台が立ち並び始める。島民個人が機材を調達して祭りの日限定でそれらしい店を出すので規模は小さく、数メートルおきにぽつぽつと散在するさまは閑散としていて過疎化を思わせるが、夜になって灯りがともされはじめると一変して幻想的な雰囲気を醸 し出すのだ。
『須子島観光協会』の法被を羽織った秀 と雪彦 もその手伝いに駆り出されていた。もっとも、実働は雪彦の担当で、秀は準備風景を撮影するため一時的に顔を出したに過ぎないのだが。
シャッターチャンスを求めて絞られたレンズが、威勢のいい港の男たちに混じって動き回る雪彦をとらえる。
「橋田くん、そっち持ってくれる?」
「はい。あ、俺がそちらにまわります」
「あ~すまんね!」
連日、強い日差しに晒され続けた雪彦の肌はうっすらと日に焼け、透けるような白さを失い赤みが差して上気していた。昔から日差しに弱かった。日焼け止めを塗らなければ一瞬で日に焼けて黒焦げになる秀に対して、雪彦の肌は火傷したように真っ赤に腫れて皮がむけてしまうタイプだ。
その額や首筋には玉のような汗が浮いて、息が上がっている。頬に張り付いた長めの黒髪が、何度はらいのけても同じところにくっつくものだから、少しずつ苛立ちが募っていく様子が手に取るようにわかる。普段ぼんやりした彼の瞳が感情を帯びて光が灯ると、端正な顔立ちに凄みが増して背筋をぞっと這うものがある。
水も下たるいい男というやつだろうか。風呂上りとか、そういった行為の後を連想させる――というところまで考えて、秀は頭を振って邪念を振り払った。
雪彦が家に滞在するようになって一週間ほどが経過した。彼との関係にも、生活にも、特に変化はない。雪彦の食事や存在が、秀の生活の狭間に自然にするりと入り込み馴染んでいる状況だ。食事一つをとっても秀の好みを優先したり、家事を率先して行ったり、単なる同居人にしては少々世話を焼きすぎるところがあるが、それがまた彼らしいと思ってしまう。
彼がどうしても譲らなかったのは、毎晩の添い寝だった。翌日には布団を一式用意できたのだが、「冷房が寒い」とか「虫がいる」とか理由をつけてベッドに入り込んでくる。そのくせ秀が床で寝ることは許さないというのだから、本当に良く分からない。一度目に断固拒否しなかったのが裏目に出たようだ。
——そんな生活も、もうすぐ終わるけど。
最近はそのことばかりが脳裏を過って、気が塞ぎがちだった。女性らしい勘を発揮した山地が見かねてアドバイスをくれたのは、今朝の事だ。
『何があったのかは聞かないけど、後悔しないようにね?』
驚くほどの的を得た言葉だったが、耳に痛いばかりで実行には移せそうもない。
後悔を塗り重ねるのは秀だっていやだ。でもそれ以上に、拒絶されたり、真実を知ることの方が恐ろしい。雪彦が怖い。今すぐにでも距離をおくべきなのに、もう少し傍にいてもいいかな、なんて甘ったれたことを考えて繰り返す。
そんな弱い自分が嫌になり、また思考がループする悪循環に陥ってしまっている。
「……くそ、ダメだな」
毎晩熟睡しているにも関わらず、頭が重い気がする。調子に乗って日に当たりすぎただろうか。
「……日陰いくか」
暑さと考え過ぎるあまり頭がオーバーヒートしているのか、何をどこから撮ればそれらしく見えるかなんて考える余裕がないし、そもそも雪彦がいる限り撮影に集中できそうもない。
どこか邪魔にならない休憩場所を探すか、冷房の効いた定食屋で休ませてもらおうか。
一歩踏み出そうとしたのだが——何だか、上手く力が入らない。
「……あ、れ」
視界全体がちかちかと、たくさんのフラッシュを浴びた時のように明滅を始める。
——なんか、変だ。
「……! 秀さん⁉ 危ない!」
「うあ……」
雪彦がどこかで何かを叫んだのを聞きながら、身体がぐらりと傾いだ。どうにか踏ん張ろうとした途端に視界が暗転し——けたたましい轟音を聞きながら、ぷつりと意識が途絶えた。
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