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24.もう逃げられない
「ねえ、秀さん。もう一度キス、してみてもいいですか」
「……わざわざ聞くな、ぅん……!」
言い終えぬうちに、乱暴に唇を塞がれた。上唇を丁寧にほぐすようについばまれたことに驚いているうちに、押し入ってきた舌が形を確かめるように歯列をなぞる。熱に浮かされた雪彦の眼を見ていたらあまりの熱さに溶かされてしまいそうな気がして、慌てて眼を閉じた。
蠢く舌が、粘膜と粘膜が擦れあうたび、背中がぞわりと甘く粟立った。
「ふ……、んっ、ぁ……!」
「は……」
されるがままの秀の頭を、雪彦の片手がぐいっと引き寄せる。呼吸の間さえ惜しむように、たっぷりと唾液をまぶした舌と舌が絡み合う。口内を貪られ、蹂躙される。全てを食らおうとするかのような苛烈さに怯える秀の口もとを、どちらのものともつかない唾液が伝い落ちた。
「……ん」
名残惜しそうにゆっくりと舌を引き抜いて、雪彦はぺろりと舌なめずりをした。いつになく熱に浮かされたような眼をしていた彼を見ても、やはり嫌悪感は湧かない。むしろもっとしてほしいとさえ思う。
雪彦になら、全てをあげても、良い。むしろ今を逃せば、雪彦はもうこんな風に触れてはくれない気さえした。
「なんて顔をしてるんですか……。ここ数日、必死に手を出したいのを抑え込んで、あんな地獄みたいなおあずけに耐えてきたのに、歯止めが利かなくなるじゃないですか」
――こいつ何を言ってるんだ。
クールで飄々とした美形の口から、三枚目の変態みたいなセリフがでている。エロ漫画の広告で見かけるタイプの現実味にかける、本当に芝居じみた内容に唖然とする。
でも嫌じゃなかった。安心したせいでそんな姿もおかしくて、なんだか可愛らしく見えてたまらない。
結局、互いが互いに踊らされていたわけだ。
秀は苦笑して視線を逸らし、雪彦の様子を窺いながら小さく呟く。
「……歯止め、外せば?」
「…………しかし、病み上がりなんですから」
「お前、ノリが悪いって言われない? そんなんじゃ一生食いっぱぐれたままだぞ」
これを逃したら一生触らせてやらないぞ――調子づいてそう脅してみたものの、雪彦の顔つきが露骨に変わったのを見て、「あ、失敗したかも」と瞬時に後悔が押し寄せた。
ごくりと生唾を呑んだ雪彦の手が、おそるおそるといった様子で伸びてきて、秀の両肩を掴んだ。
その途端、蛍光灯が激しい明滅を繰り返して、フッ、と消える。
視界は闇に包まれ、微かに差し込む月明りだけが頼りだった。
「いいよ。……好きなようにしろよ」
「秀さん……!」
「ッ!」
言うが早いか、雪彦に押し倒されて背中を強かに打ち付けた。顔の両側に手をつかれ、縫い留められた秀は少しだけ怯む。はあ、と獣のような荒い息を繰り返す彼の屹立が、太ももにぐりぐりと押し付けられている。
本当はシャワーを浴びてからの方が良いのだろうが——仕方がない。
「いいん、ですね? もう止まれない、です」
「……いいよ」
「嫌がっても、やめられませんよ? 優しくできないかもしれない」
興奮してぎらつく彼の瞳が、それでもいいのかと問うてくる。
優しくて惨い男だ。今にも引きちぎれそうな理性をどうにか繋ぎ止めて、秀を逃がそうとしてくれている。その慈悲深さに苦笑しながら、秀は小さく頷いた。
もう、彼から逃げるつもりはなかった。
「は、あ……秀さん、秀さん、俺の、秀さん……!」
「ちょっ、ま、っ……ぁ!」
熱くぬるついた舌が、首筋を淫らに這いまわる。それまで秀の腰のあたりを摩るようにまさぐっていた腕がシャツの下に忍び込んで、胸の突起を弱く捏ねた。
「っ、ふ、いいよそういうのは……!」
「ん、でも、もう硬い……ここも、下も」
「言うなって……!」
胸で膨らんだ尖りをきゅっ、とつまみあげられると、痛みと共にもどかしい快感が腰を突き抜けた。思わず腰が浮く。雪彦とキスをして、ほんの少し触れられただけだというのに、花芯は既に熱を持ち始めている。間に割り入って来た雪彦の膝が食い込むたび、意図せぬ喘ぎが漏れた。
「胸も、いいんですね」
弄ばれてTシャツ越しに浮きあがった尖りを見た雪彦はうっそりと笑うと、そこに唾液を垂らし、舌先でつついてから、見せつけるように音を立ててねぶり始めた。
「っ、それ、変」
「嘘……はあ、秀さんの味がする」
「っ、この、へんたい……!」
吐息の熱さえダイレクトに伝わって腰に響く。平たい胸に赤子のように吸い付く雪彦に苦笑しつつ、秀は控えめにその頭を控えめに押し返して抵抗するフリをする。
「いや、ですか」
「——へいき。平気だから、それがなんか、逆にこわい」
素直な気持ちだった。息を呑んだ雪彦が、少し怖い顔で再び覆いかぶさってくる。
「あ、まっ……ひぁっ、あ!」
雪彦の匂いに包み込まれている。呼吸を繰り返すたびに疼くような甘さが全身に広がって、まるでそういう薬でも吸わされたみたいに興奮してしまう。
ぼうっとしているうちに、伸ばされた雪彦の腕がウエストがゆるいゴムのハーフパンツを勢いよく脱がせる。下着を押し返す欲のシルエットが露わになる。雪彦は卑猥な手つきでその形をなぞるように、何度も布越しの愛撫を繰り返した。
くすぐったくて心地よいけれど、快感というにはほど遠い。もどかしさに身を捩って、ねだるような動きをしてしまう。
「ぁ、くそ……弱いって」
「こう、ですかね」
「っ、あぁ!」
少し力を加えられただけだというのに、じゅわ、と先端から堪えきれない蜜が溢れ、布地に淫らなしみを作る。もっと直接的な刺激が欲しい。彼の骨ばった大きな手で、思い切り扱かれたい。
「っ、下手、くそ、もっと、直に——」
「すみません、甘える姿が可愛くて……こうですか」
「っ」
顔を寄せて耳元で囁かれ、身体がびくっと跳ねた。
先端が泣きこぼした蜜は幹を伝い、後ろの窄まりまで濡れそぼってしまっている。このまま触れられもせずに達するような醜態は晒したくなかった。歯を食いしばって睨む秀を見て、雪彦は「冗談です」と小さく苦笑した。
「ばっ、あ、急に……っく、う、ぁあぁ……!」
下着をずり下げて反り立った芯に、はしたない先走りを塗り込めるよう乱暴に扱かれる。高みへと昇り詰めていく。
——でも、俺だけじゃだめだ。
快感が弾けそうになる直前、残った理性をかき集めて雪彦の手を引き留め、ふるふると首を横に振った。
「どうしたんです、痛かったですか」
「……お前の、まだ、じゃん」
「ええ、今から――」
「嘘つけ、俺の終わらせて、やめるつもりだろ」
「……」
「そういう気遣いとか、いい、から……やれよ」
右足を持ち上げ、つま先で雪彦の昂りを小突く。素人なりに誘ったつもりだ。
「ああ……もう、どうしてそんな、可愛い……」
雪彦は恍惚と呟いて自身の指を舐めしゃぶると、秀の身体を反転させた。
四つん這いの格好で掲げた割れ目に指を這わせて、ゆっくりと窄みを撫でまわしながら解していく。そこはもう秀自身の先走りが垂れて、雪彦の唾液なんていらないぐらい濡れそぼっていた。
「もう少し、力、抜けますか?」
「ああ……ぐ、この格好やだ。早くしろ……」
「はい」
萎れかけた前を愛撫されながら指を一本埋められると、恐怖や不快感は甘い疼きへと変わっていく。
「っひ、っ、は、ぁ、むり……」
「大丈夫、力を抜いて。そう上手です。こっちは初めてなんですね、こんなにひくついて、すごくエロい」
「うっるせえ、黙ってやれ……!」
媚肉をかき分けて奥を押し広げるように蠢いていた指が、二本、三本と増やされていく。限界を訴えるたび、もう片方の手が宥めすかすように脇腹や太ももを撫でた。
それだけで少しずつ身体の強張りが解けて味わうように奥を抉る指先を飲み込んだ。
「あ、まっ、て、そこ……っ」
「……ここ?」
「っひ————!」
気分が高揚して雰囲気に呑まれたのか、それとも、本能的に苦痛の中から快楽を拾い上げようとしているのか——浅いところの一点を捏ね上げられるたび、腰に強烈な快感が走るようになった。次第に腰が浅ましく揺れ、だらしのない喘ぎと共にいやらしい水音が鼓膜を犯し始める。
「あっ、いい、やば、いっ!」
もう触れられていないのに、張りつめた先端からとぽたぽたととめどなく蜜が滴る。今でさえこんなに気持ちいいのに、さらに太いもので劈かれたら——想像しただけで達しそうになり、太ももががくがくと震えた。
「も、だめだ、ゆき、こい……」
「っ……!」
指を引く抜くと同時に横抱きに背後から抱きすくめられ、拡げたばかりの後孔に熱くたぎった怒張が宛がわれた。ぐっ、と奥まで貫かれた瞬間、視界が白く弾ける。
「あっ、あぁ!」
「秀さんの中、柔らかくて、あつ、い……!」
耳元に興奮しきった雪彦の吐息がかかった。腹の中も、頭の中も、彼でいっぱいになる。自分の腕を噛んで悲鳴交じりの嬌声を堪えながら、圧倒的な快感に溺れた。貪るような、秀のすべてを食らい尽くそうとするかのような腰使いに、彼を求めて枯れていた心が満たされていくのを感じる。
様々な欲を吐き出し、受け止め続けるような、父と兄がしていたのとは違う。
心まで繋がるような行為。
過去の凄惨な記憶が、行為が、ままならない感情が、ぜんぶ雪彦によって塗り替えられていく。
「声、我慢しないで聞かせてください」
「っ、誰か、来ちゃ、う、から!」
「大丈夫、見えませんし、見せません。ここには俺と、あなただけ」
——それなら、いいや。
雪彦の囁きは、砂糖のように甘い。
されるがままに奥を穿たれ続け、嬌声をあげて快楽を追う。頭の中が真っ白になって何も考えられなくなる感覚は、とても心地が良かった。
「っ、ぃ、ぁ……、も、で、でる……、ゆ、きひこっ!」
秀は雪彦の熱を食い締めたまま身体をしならせると、途方もない絶頂を迎えて白濁を迸らせた。
「っ——」
「っ、あ……」
――幸せすぎてこのまま死ぬのかもしれない。
中で雪彦が弾けたのと同時に、秀の意識は微睡みの中に引きずり込まれていった。
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