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第10話

「あ、本当だ。箱の中にほかにもなんか入ってる」  空箱をひっくり返した俊明が、転がりでてきた人形サイズのチェーンソーや、金槌を抓みあげて「なんだこの子、職業大工か?」と首を傾げた。 「わぁーっ。すごい。先輩見て見て! アイスピックや鎖もあるよ。しかもクオリティー高い。これいいなぁ。ねぇ、斯波先輩のぶんも買って、三人でお揃いにしない?」  うっかりとまた「お揃い」と口にして、あっと両手で口を隠す。照れながらちらっと俊明を見ると、彼もまたこっちを見たので目がばっちりとあってしまった。 (やん、恥ずかしい……って、あれ? 先輩?)  じっと自分を見つめて黙りこむ俊明に緊張感を覚えた潤太は、ゴクッと唾を飲みこむ。ふたりの顔は、とても近い。 (先輩……。顔きれい。かっこいい、あぁっ、好きっ)  どきどきしながら俊明の涼しげな目、高い鼻、そして薄めの唇へと潤太は視線を落としていった。 (俺、昨日このひととキスしたんだよなぁ)  告白されたときに一度だけされたキスを思いだすと、胸がキュンと鳴る。 「吉野……」  彼の唇がうっすら開いた。そこから発せられる声は穏やかで耳に心地いい。いまこそ二度目のキスのタイミングか。潤太はうっとりとして目を閉じようとした。が、しかし。 「お金はもう少し大切に使おうね」  彼の唇はとっておきのムードをぶち壊わす、まさかの説教を放ったのだ。どうやらいいムードだと浸っていたのは自分だけだったらしい。 「えぇ~っ」 「そうだそうだ! おまえちょい金使い荒すぎじゃね? こんなんに金使いまくって、馬鹿だろ」 「あぁっ、またはじまった、大智先輩のバカバカ攻撃。そんなことないよ⁉ ちゃんとお金のかからないものだってあるだろ? 全部見てから文句云ってよ!」  潤太は恥をかいたとちょっと八つ当たりぎみになって、大智にぐいっと紙袋を突きだした。 「あぁ、コレのことか?」  彼が袋に腕をつっこみ、底から探りだしたのは潤太が入れておいた茶封筒だ。 「なんだ、俺にもラブレターくれるのか?」 (へ?) 「あっ!」  しまった! と思ってももう遅い。その封筒は、以前潤太が俊明に書いていたラブレターに使っていたものだった。潤太はすっかり忘れていたが、大智はそれを覚えていたのだ。 (どうしよう……)  もしかして、大智もラブレターが欲しかったのだろうかと、封筒の封を切る彼の指先を凝視しながら、潤太は嫌な汗をかく。 (あぁ。大智先輩もやっぱりお手紙ほしかったかな?) 「あ、あのね、大智先輩それは違うの」  でも、それだって自分が彼のために考えた、とっておきのプレゼントなのだ。 (でも、でも。がっかりされてしまう?)  ところがはらはらしていた潤太に聞こえてきたのは「くくくっ」とたまらずといったふうに笑う、大智の楽しそうな声だった。隣に座っていた俊明までもが、プッと噴きだしている。 「なんだこれ、あははははっ」  大智が指で抓んでぶら下げたのは、潤太自作の『肩たたき券』二十枚つづりだった。蛇腹にたためる長い紙にはカラフルに色鉛筆で色を塗って、ちゃんと切り込みだっていれている。 「肩たたき券だよ。そこにも書いているけど、一枚で十分だからね。いつでも使ってね」 「って、おまえは、子どもかっ」 「えぇっ、ひどい! なにがそんなにおかしいのっ? すごくいいじゃないかっ」  ついには腹を抱えて笑い転げはじめた大智から封筒を取りあげると、潤太は中に残っていたもうひとつのチケットも彼の顔のまえに突きつけた。 「はいっ、コレもあるよ。これはね、にいちゃんが一番よろこぶプレゼントなんだよ? 大智先輩には特別に、ほんとーに特別に作ってあげたんだからね! お父さんとかにはあげてないんだからねっ」  それなのに。それなのに――。 「なになに? 『お手伝い券』だって⁉」  と、またもや大智にゲラゲラ笑われて、これの価値がわからないのかと、潤太はだんだん腹が立ってきた。

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