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第16話

 俊明は母屋で育ったので、年上の従兄弟(いとこ)たちとも接する機会が多かった。そのせいで、一人っ子のくせにやたらと競争本能が高い。野菜の一欠けらでも残すと、ねちっと仕返しされてしまうに決まっている。 (おい、吉野、ポテトの一本でもいいから食っとけよ。あとで知らねぇぞ)  そうちらっと視線を送って促してみるのだが、鈍感な潤太は気づかない。頬にはケーキ屑なんてものをつけていて、見るからにお馬鹿そうだ。 (ああ。面倒なのがひとり増えてしまった……)  大智が学校のすぐ近くのこのアパートに帰らないで、わざわざ実家へ帰るようにしているのは、なにも俊明を避けてという理由だけではない。  大智は三人兄弟の一番上だ。年の離れた弟たちはとてもやんちゃなうえ、どこかしらと頼りない。まだまだ手のかかる彼らの世話は、母ひとりの手では負えないだろう。それで大智は、毎日家に帰って弟たちの相手をしてやっている。これがけっこうたいへんなのだ。  それなのにだ。恋人とはいえ、こんなに世話のかかる相手と自分は一緒にいたいだなんて……。どうも潤太のほうが、弟たちよりもやっかいそうだ。 (でも好きになってしまったんだから、しょうがない……) 「はぁっ」とひとつ、大きな溜息を吐く。  はじめこそ大智は潤太のことを、やることなすこと全てがとんでもないヤツだと思っていたが、彼と行動を共にしていると、今までにない体験ができてとても新鮮だった。そしてそれはやけに楽しい。  なによりもそんなとんでもないことを、本人がいちばん目を輝かせて楽しんでいる。大智は最近、石橋を叩くだけ叩いて渡るかどうか思案する人生よりも、潤太のように迷うよりもさきに実行するくらいの人生でもいいんじゃないか、と思えるようになっていた。なぜならそんな生き方をする彼は、生命力に溢れて、きらきらしているのだ。だったらそれで、正解なのかもしれない。 「大智先輩、よくそんなもの食べれるよね? 溜息つくくらいなら残してもいいんだよ?」 (だったら、その残りはだれが食べるんだよ?)  こいつほんとなんも考えないでしゃべっているよな、といっそ感心する。 「だれが、ぐちゃぐちゃにしたんだよ。食べ物を粗末にすんな。お前、そのうちバチがあたるぞ? ってか、既にアタリまくってるよな、あ?」 「えっ? バチが⁉ いつ、どこで?」  潤太がきょろきょろとあたりを見回した。 「お前、やっぱ、あほだろ……」 「ひどっ。アホって云うほうがアホなんですぅぅぅ!」 「はいはい。はーっ、食べたー。完食。ごっそさん」  ふぅ、と、大智はくちくなった腹を(さす)りながら、絨毯のうえに寝転がった。そこで放りだしたままの、スマホの通知ランプが点滅していることに気づく。 「げっ、めっちゃ通知きてる」  大智は今日、友だちとのクリスマスパーティをドタキャンしてここにいたのだ。ドタキャンといっても集合時間まえには、きちんと連絡をいれてある。それでも残念がった友だちから、いくつかのメッセージが届いていた。 (うわー…‥。みんな怒ってるかなぁ……)  スワイプしながらメッセージを確認していると、親友から電話が入る。 (新波か。しょうがない) 「ちょっと、電話してくるわ」 「はぁい。いっへらっしゃぁい」  大智は自室に戻るべく腰をあげた。俊明が潤太になにかしないか不安だったが、腹黒従兄はいまはスマホの操作に集中しているようだし、潤太はひたすらケーキを口に運んでいる。 (ちょっとくらいなら、大丈夫だよな?)  それでも念のため大智は、 「俺がいないからって、抜けがけすんなよ」 と、ひとこと俊明に云いおいてから部屋をでた。

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