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第17話

                    *  ふたりきりになった途端、明らかに緊張しはじめた潤太に、俊明は満足した。つい今しがたまでぱくぱくやっていたケーキも、潤太は大智がいなくなると食べるのをやめてしまったのだ。 (ああ、ああ。真っ赤になっちゃって。しかもこんなにカチコチに固まらなくても……ふふふ。かわいそう)  潤太は自分のことを意識しすぎて、口にケーキを運びにくいらしい。もういまさらなのに、恥ずかしくて大口を開けられないとは。  (いたず)らにスプーンでケーキの壁を崩しては、背の部分で潰している潤太をみつめて、俊明はくすっと笑った。 (そうだよ。こういうのなんだよ。こういうところがいいんだよ。モジモジしていて吉野、かわいいったら)  潤太は出会ったときから、ずっとこの表情と仕草を自分に向けていた。俊明ははじめから潤太の容姿は気に入っていたが、とくにこの恥じらっている姿が大好きになった。  しかも今は肩も脚も丸出しのワンピース姿。そんな恰好でぺったんぺったんとスプーンの背で崩したケーキを叩く彼を眺めていると、かわいすぎてどうにかしてしまいたくなる。 (あぁ、このピンクのほっぺも、恥ずかしそうに伏せた目も、下まぶたに映るまつ毛の影も、全部いい……)   出会って八ヶ月。これまでは手を出さないようにしてきたが、もう解禁でいいんじゃないか。はやくどうにかしてしまおう。 (あぁ、でも、やっぱり惜しい気がする)  今までだって俊明のほうから潤太につきあいたいと云えば、彼が簡単に手に入ることは想像できていた。でも俊明がそれをしなかったのは、少しでも長く、彼に恋する瞳を自分に向けていてもらいたかったからだ。  なにせ人間、惚れた相手に恥じらったり緊張したりしてするのなんて、はじめのうちだけだ。つきあいがはじまるとやがて慣れあい、互いに恋する気持ちはサビれていく。  俊明は潤太が自分を見るときのきらきらした瞳や、ピンクに染まった頬が大好きだった。生命力に溢れていて、いまにもはじけそうなほどのそれに、とても魅力を感じるのだ。 (あともうちょっとだけ、この瞳に追いかけていて欲しかったんだけどなぁ……)  しかし大智が出てきてしまったのならば、そうも云っていられない。はやく次の段階に進んで、潤太が自分から離れていかないようにしなければならないだろう。それにだ。  潤太が手遊(てすさ)みでモロモロになったケーキ屑を、恥じらいながら口に運んでいる。唇の端に食べカスがくっつていないか親指でこすって確かめる仕草に、俊明は思わず生唾液を飲みこんだ。 (吉野のこの俺のまえで失敗しないように一生懸命になってるのとか、もう、(たま)んないんだよ)  だから彼のそのどきどきをついつい(あお)ってしまいたくなる。好きな子ほど虐めたい。――それは生来(せいらい)持ちあわせた俊明の悪い性癖(くせ)だった。 「吉野」  俊明は腰をあげると、潤太の隣へと移動する。 「は、はい?」  いざり寄る俊明の膝頭をちらっと見た潤太は、またすぐに目線を逸らしてしまう。  ちなみに潤太のほっぺにはずっと生クリームがついている。大智だって気づいていたはずなのになにも云わなかった。ということは、彼もそれを、かわいいと思っていたに違いない。  俊明はくすっと笑うと、潤太の頬に顔を寄せた。 「ココ。生クリーム、ついているよ」 「ひゃっ……」  パクリと頬の生クリームに喰いつくと、潤太から今までに聞いたことのない、か細い声があがった。 (うわっ)  俊明はダイレクトに股間に響いたその声を、もっと聴きたくなる。 「甘くて、おいしいね」 「う、あ、はいっ」  潤太は食われた左頬に、緩く握った拳をあてて俯いた。耳のさきまで真っ赤になっている。 (いい。実にいい)  そのまま耳に喰いつこうとしたが、潤太のスプーンを持ったほうの手が、だらんと落ちていくのに気づいた俊明は、それが床に着くまえにそっと握って受け止めた。  取り上げたスプーンをテーブルのうえに置くと、コトッと響いた音に、潤太がびくっと肩を揺らす。怯えた小動物のような反応に、俊明の雄としての本能が刺激された。

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