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第18話
(だめだ、もう我慢できない)
「吉野」
俊明は潤太の薄い肩に手を回すと、力一杯自分へと引き寄せ抱きしめた。
「あ! やっ、せ、せ、せんぱいっ⁉ もう、……食べないの? ごちそうさま⁉」
腕の中でばたばた暴れる潤太の胸の隙間から小さな乳首が見える。当然それにも触ってみたい。抓って指先で転がして。舌で突いてみたらどんな感触がするんだろう? そしてこの恋人はどんな反応をみせるのだろうか?
「んー。作っているときにつまみ食いしたから、実はそんなにお腹が減ってないかな?」
もともと自分でつくると食欲が減るタイプだ。そのうえ今日は朝食を食べ損ねて学校に行ったので、帰宅後すぐに軽く食べていた。パーティー用の料理をつくったのはそれからで、味見がてらにできたてのフライまで口に運んでいたから、けっこう腹はいっぱいなのかもしれない。
それに俊明には、いまは料理よりも他に食べたいものがあると、いやらしい想像をして、こっそり悪い笑みを浮かべた。
「じゃ、じゃあ、……ケーキは? そっちにある、先輩のケーキ……食べないの……ですか?」
照れながらも、そこが大事と訊いてくる潤太に、俊明は噴きだした。
「吉野がまだ食べられるのなら、僕のコレも食べちゃっていいよ」
こんな甘そうなものをどれほど食べるんだと驚きつつも、今は呆れている時間などない。大智が戻ってくるまでに、すこしでも潤太に手を出しておきたかった。
俊明はこのあとどう潤太を陥落させていくか、目まぐるしく考えながら、ひとつコマを進めることにした。
大智が自分用に切り分けてくれていたケーキ皿を、潤太のまえに置いてやる。するとぱぁっと表情を明るくした潤太に、俊明はこっそり舌舐めずりした。
「えっと、ありがとうございます」
てへっと笑って、それから「いただきます」とスプーンを握りしめる彼に、
(そうそう、どうぞどうぞ、食べてくれ。そして君は俺においしく食べられて)
下心を隠すために一度ぐっと表情を引き締めて、それから俊明はお得意の微笑みを浮かべてみせた。
「どういたしまして」
それから俊明と潤太の恋人同士として過ごす、はじめての甘い時間がはじまった。ただし潤太にとっては地獄のような時間になるかもしれないのだが――。
「あ、あ、あ、あ、あ、……あのっ」
「なぁに? どうかしたの?」
腕の中の潤太が、肩に置いた俊明の手をちらちらと見てくる。
「食べないの? 遠慮しなくていいんだよ?」
「はい、食べます。……でも、先輩も、なんか食べて」
実際に潤太が云いたいことは、自分たちの距離についてだろう。俊明はぴったりと彼の横にへばりついていた。しかも肩にまわしてないほうの左手なんて、潤太の身体のあちこちをソフトタッチで移動している。これじゃあ食べたくても食べていられないだろう。俊明はまたくすっと笑う。
「て、云われてもさ。吉野、机のうえ見てみてよ。もう全部大智が食べちゃって、なにも残ってないよ?」
わざと惚けた返事をすると、潤太ははたと表情を変えた。
「あっ。俺、もっと食べるもの買ってくればよかったですね。ごめんなさいっ」
「いやいや、充分だよ。僕が招いたんだから、吉野はそんなの気にしないで」
それにもっと買ってこられていたとしたら、あのグチャグチャ料理が増えていたってことだ。だとしたら食べきる大智も、苦労したに違いない。
「あ、そうだった!」
やんわり云った俊明に、潤太は大きな瞳をくりっと閃かせた。
「ねぇっ、先輩。先輩はね、食べ物だったらなにが好き?」
「? 僕が、好きな食べ物?」
「俺ね、先輩がなにが好きか分からなかったんだ。で、お土産を買うときに、お店のまえですっごく悩んだの。ホントに困っちゃったよ。で、ここに来る電車の中で、今日は先輩にいろいろ教えてもら――」
「吉野……」
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