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第31話

(なんで? なんで? なんで? 俺なんかおかしいこと云ってる?) 「大智、吉野を怒らせたの? 泣かせたりしないでよ?」  濡髪をタオルで拭きながら俊明が咎めると、 「いいや、恥ずかしがってるだけじゃないか?」 と、大智がなんでもないことのように言葉を返す。 「恥ずかしいって? ああ……」 スカートの裾をきっちり押さえつけながらなんとか膝立ちになった潤太の股間に、ふたりの視線が集中する。俊明にまで切羽詰まった状態がバレてしまったではないかと、潤太はいたたまれなくなった。 「見ないでくださいっ」 「だから、吉野。そんなこと云ってたら先に進めないって」 (進まなくてもいいもん! 大智先輩のばかっ) 「だから吉野、さっき一緒にお風呂入ろうって云ったのに……」 (斯波先輩の云っていること、意味がまったくわかんないしっ)   あからさまに恋人たちに股間を見られ、これ以上ないくらいに全身を真っ赤に染める。潤太は少しでも小さくなりたくて腰を引いて肩を丸めてみせた。とくに俊明を意識すると胸のあたりまでもが頼りなく感じて、白いファーのついた胸もとをしっかり片手で覆い隠す。 (は、恥ずかしいーっ。俺、なんでこんなに恥ずかしいの⁉) 「いいから、ふたりとも、あっち向いててくださいっ!」  これ以上身体のどこも彼らに見ていられたくない気持ちなのだ。いままでも俊明といるときにはたびたび羞恥でどうしようもなくなっていたが、これはそれとはまた異なった感覚だった。もしかするとこれは、男にイヤらしい目で見られる女性の恥ずかしさなんだろうか。 だとしたら、 (なんで男の俺が、こんな気持ちにならなきゃいけないんだよ!) 潤太はどこかに逃げ場がないか、あたりをきょろきょろ窺った。 「吉野が勃ててるからココで抜けばいいつったら、なんか結婚がどうとか云いだした」 「あはは。それは、えらく先の話だね」  俊明が潤太の隣にやってきて腰をかがめる。 「いや、できねーだろうがよ」 「まぁ、それはおいおいにね」  なにをするつもりだ? と訝しむ大智など気にせず、俊明は潤太の耳に口唇を寄せると低く甘い声で囁いた。 「吉野、僕が手伝おうか?」 「ひゃぁぁあっ」  飛び上がった潤太は、後退して部屋の壁に貼りついた。 (も……、もう、ダメだっ、限界―っ)  ぴょこんと弾んだ股間を押さえて、 「ト、トイレっ! 先輩トレイどこ⁉」  涙目で叫んだ潤太は、返事も聞かないうちにリビングを飛びだした。 「あ、逃げられた」  たてつづけにリビングとトイレの扉が大きな音をたてて開閉される。潤太が消えたリビングでは俊明が残念そうな顔をしていて、 「お前、かなりひどくないか?」  大智が心底潤太に同情するような声で呟いていたのだが、そんなこと潤太は知る由もない。  その頃個室に駆けこんだ潤太は、下着をずり下ろして自らを握りこみ、安堵と開放感で甘い吐息をついていた。  楽しく過ごすはずだったはじめての恋人とのクリスマス。なのになんで自分ははじめて訪れた家のトイレで、こんなことをするハメになっているのだろうか。  情けなさにうっすら涙を流しながら潤太はしばし自慰に耽けたのだった。  始末を終えて部屋に戻るときの脚の重さといったらなかった。 「ううううう。このまま帰ってしまおうか……」  しかし潤太の服も鞄もリビングだ。財布もないうえにこんな姿じゃ帰るに帰れない。潤太はワンピースから出た冷える両脚を擦りつけながら、そうっとリビングのドアを開けた。こっそり覗くつもりだったが、すぐになかのふたりと目があってしまう。  コタツ机のうえの食器類はきれいに片付けられていて、潤太がどれだけ長くトイレに籠っていたかが知れた。 (うぇえん。気まずいよぉ) 「おかえり、吉野」 「なんか飲むかぁ? 俺たち今からコーヒー淹れるけど?」  ふたりとも潤太がトイレでなにをしてきたかわかっているクセに、そこには触れないでいてくれる。それで漸く安堵して潤太は部屋に入った。

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