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第41話

 そういえば確かに春ごろ、潤太のクラスでも女子が大ゲンカをしていた。 「あれは女同士の三角関係だったのかぁ。そうそう。一也くん、俺もいまちょうどそんな感じ」 「おまえ、まさかそれ――」 「どっちが好きって訊かれてもねぇ。どっちも好きだけど、そりゃやっぱりおなじようには好きじゃないんだよ。仕方ないよね? だってふたりとも性格もいいところもまったく違うし」 「ま、まぁ、仕方ないよな……。潤太、お前その――」 「俺は俺の正しいと思うように突き進みたいけど、それでどちらかにでも嫌われたら、俺、傷心で死んじゃうかもしれないんだよ? 一也くん、ちゃんと考えて?」 「なんで俺が考えるんだよ、自分で考えろ。おい、潤太。それよりちょっとお前に確かめておきたいことがあるんだけど」  そこまで云った一也は、しかしちらっと壁の時計を一瞥すると腰をあげた。 「だめだ。もうこんな時間だ。悪い、とりあえず、今日はもう帰ってくれ」 「えぇぇっ⁉ もしかして俺のこと見捨てるの⁉」 「あのなぁ、今さらお前を見捨てるわけないだろ?」  絆創膏のうえからデコピンされて、潤太は「いてっ」と額に手をやった。よっぽどその額の絆創膏が面白いらしくて、一也がまた声を出して笑う。 「――潤太、お前さ、さっきから持っているその星がなにか知っているか?」 「? コレ?」  潤太は気に入って握りしめていた銀細工の星を見下ろした。 「んー。ツリーのてっぺん星? 一番星?」 「それはな、ベツヘレムの星って云うんだよ」 「ベツヘレムの星?」 「ベツヘレムの地でイエス・キリストが生まれたときに、その空に輝いたって星なんだって。イエスは愛を伝え、互いに愛しあうことを教えるためにこの世に現れたって」 「へぇ」 「ベツヘレムの星の下には愛。つまり真理があるって思ってさ――」 「ふんふん」 「もし相手の価値や好みがわからないんなら、いまはその星目指して突っ走っとけばいいんじゃないか? お前、そういうの得意だろ」 「うん。目標物に突っ走るのは大好き。……愛かぁ。愛に向かって突っ走るのね」 「誰かになにを与えるにしても、その言動の根底が愛であればすべてがうまくいくと俺は思っている。むしろそれができるんなら、相手の価値観も好みも、名まえすら知らなくたっていいぐらいだ。ただし、その愛ってのは、愛は愛でも『慈愛』っていうやつだよ」 「慈愛、って?」 「相手や状況なんかで左右されない、不変の愛」 「たとえばどんなん?」 「我が子しか可愛がらない親の愛とか、恋人だけに注ぐ愛とか、そういうエゴイスティックな愛じゃなくて、好きなひとにも嫌いなひとにもおなじように注げる根性のある愛」 「えぇ。そんなの持ってないよ俺」 「持っていないとかじゃなくて、練習してできるようにしていくんだよ。時間がかかってもいいから、根性のある愛しかたを身に着けろ。で、それを常に実行してく」 「ちょっと俺には無理じゃない?」 「そんなことないよ。潤太はもともと他人を対比しない性格なんだから。いつも細かいところまで分析しないで好きなところ一点重視だろ? 差別したり悪意をもったりしないぶん、お前は愛情を分け与えるのがうまいと思うよ、俺は」  褒められて擽ったい気持ちになった潤太は、「むぅ」っと白銀色の星に顔を埋めた。 (でも今の話は、ちょっとむづかしいかな) 「で、さぁ。一也くん。俺の愛をふたりにどうすればいいって云うの?」 「平等にしたつもりでもそれが伝わらないんだろ? だったら、その平等のコアに慈愛をもってくるんだよ。相手の性別も年齢も趣味も度外視だ。なんなら平等にしようとも思わなくてもいい。つねに慈愛をもってそいつらに接していろ」

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