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第43話

 潤太はもういちど一也を呼んだ。 「一也くーん、あとさ、絆創膏二枚ちょうだい」  コーヒーを片手に戻ってきた一也が、救急箱から「はいよ」と、絆創膏を取りだして渡してくれる。彼は潤太がそれを乳首に貼りつけるのを見ると、隣りでコーヒーをブハッと噴いた。 「うわっ、なにやってんの一也くん! 汚いなっ」 「お前、馬鹿だろっ⁉」 「なんでだよっ。バカっていうほうがバカなんだからねっ!」  ワンピースをざっと下ろして云い返す。 「……わかった。もう何でもいいからとっとと帰ってくれ」  一也にケーキの箱が入った厚手のナイロン袋を差しだされる。 「振り回さずにそっと持って歩けよ」 「うん」 「あとは――、なんか上に着るもんだな。ちょっと見てくる」  うーんと唸りながら一也が寝室のドアを開けたときには、潤太はリビングから消えていた。「ほんとにソレで戻るのか? お金はいるか?」と、一也が振り返ったときには、すで玄関に到着だ。  勝手知ったる他人(ひと)の家。潤太はクロークボックスを開けるとそこから手ごろなコートを借りて羽織った。なにやら一也の自分を呼ぶ声がしていたが、潤太は一刻も早くふたりのもとに戻りたい。無視だ、無視。  それでも挨拶だけは忘れないで「一也くん、またねーっ」と、リビングのドアへと向かって手を振ると、潤太は元気に外に飛びだした。                  * 「大智せんぱーい!」  アパートへの道を歩いていた潤太は、ひとつ先の四つ辻を走って横切る大智を見つけると、彼のもとへと駆けだした。  「大智先輩どこ行くのーっ?」 「吉野っ⁉」  大智が足を止めて振り返る。彼は両膝にそれぞれの手をつき腰を屈めた姿勢になると、息を整えだした。 「はぁーっ。やっと見つけた」  一秒でもはやく彼に会うことができた潤太はニコニコだ。提げていた袋を自慢気に彼に差しだして見せた。 「みてみて。ケーキもらったよ」 「えっ⁉ またケーキかっ? それ誰にもらったんだ?」 「一也くん」  「一也くんって……」  家を出たときには着ていなかったコートをまじまじと眺めた大智が、「お前、いったいどこにいたんだ?」と不思議そうに訊いてくる。 「知り合いのマンション。大智先輩って数学、高木先生?」 「あ? うん。高木だよ」 「そのひとんとこ」 「え? あいつと知り合いって、普通に驚くわ。ってか高木は俊明の担任だよ」  「そうなんだ? 知らなかった。寒いし、お金なかったし。一也くんはにいちゃんの友だちで、昔からよく遊んでもらってて、今も仲いいの。だからちょっと行ってきた」 「そっか。まぁ、ずっと外にいたんじゃなければ、よかった」  そういう大智は、潤太がアパートを飛びだした直後から、自分を探してずっと外にいたのだろうか? 大智の腕には潤太のコートがあった。ときおり吹く強い風で、潤太の柔らかい髪が舞う。 (今日ってこんなに寒いのに――)  大智が心配して外を走り回っているときに、自分は一也の家のなかでぬくぬくしていたのだ。そう思うと、彼にとても悪いことをしてしまったんだと、潤太はシュンとなる。 「先輩、ごめん。ずっと俺のこと探してくれてたんでしょ?」 「ああ、まぁな」 「今日、こんなに風冷たいのに」 「でも走ってたからそんな寒いとは感じなかったよ。そんなことより、ほら吉野。いつまでもスカートじゃ脚、冷えるだろ? そろそろ暗くなってくるし、はやくアパートに帰ろう。(とし)も待っている」 「……うん」  促されてとぼとぼ歩きだすと、隣りを歩いていた大智にぐいっと引き寄せられる。 「先輩?」  触れあった部分から、身体がぽかぽかと温かくなっていった。 「大智先輩、怒ってないの?」 「いや、俺たちのほうがちょっと吉野にやりすぎたら。だから吉野はそんなこと気にするな。どっちかって云うと、お前が怒ってないかって、こっちがビビってるぐらいだよ」

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