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第44話

 それを聞いてすこしだけホッとした。やりたい放題の彼らをきつく責めて家を飛びだしてきたので、そのことで彼らが自分のことを怒っているのではないかと、ちょっとは気にはしていたのだ。それによく考えてみれば、ふたりだって突然出ていった自分のことを心配していてもおかしくない。  でも、そうじゃなくって――、いまの潤太の怒っていないかという質問は、そういう意味で訊いたのではない。 「そっちじゃなくて……」  部屋であったことを蒸し返された潤太は羞恥して云い淀んだ。 「大智先輩、電話してきたあと機嫌悪かったでしょ?」 「あー? そっか?」 「あのとき怒ってたんじゃないのかなって」 「んー……」 「なんでだったの? 俺が斯波先輩とふたりでいたから? そういうの嫌?」  まっすぐに進もうと決意しつつも、やはり嫌われたくないという気持ちは捨てきれない。潤太は眉を寄せて、身をくっつけて歩く大智を見あげた。 「まぁ、贅沢を云わせてもらうと嫌だけどな。でも吉野が両方とつきあうって決めたんだから割り切ることにしている。だって、俺、お前にフラれたくないんだもん」 「大智先輩」  言葉にされて、自分だけが相手に嫌われたくない、フラれたくないと思っているわけでないと知る。 「あのときに云っただろ? お前は悪くないって」 「でも」  あのあとの大智のキスは、俊明に張り合ったものにはなっていなかっただろうか? 自分を責めてはいなかった?   腑に落ちない顔をした潤太を励ますようにして、腰に回されていた大智の手がトントンと腕を叩いてくる。 「んーっと……」  それだけ云って言葉を詰まらせていた大智の視線が、自分の胸のあたりにあることに気づいた潤太は、開きっぱなしだったコートの合わせを寄せた。ついでにジッパーもしっかり上まで上げておく。 「んー。……だからさ、いまのソレみたいなの」 「それみたいって?」  (おもむろ)に云われた言葉の意味がわからず、大智をじぃっと見る。 「吉野、昨日までは全然俺の視線とか意識してなかっただろ。それなのに俊明とたった十分程度ふたりきりにしただけで、お前、いきなり態度が変わったんだよ」 「へ?」 「そういうところが、ちょっとショックだった」  なにを云われているのか潤太にはまったくわからない。 「んー。んー。云いにくいな」  潤太に触れていないほうの手をあげた大智は、ガシガシッと頭を掻く。 「……なんていうの? 吉野がいきなり自分が性的に見られる対象だって自覚したのが、――そうさせたのが俊明だったってことが、俺的には悔しかった」 「せ、せい、的、とか……」  その言葉が既に恥ずかしい。慌てているとあらぬほうを眺めながら話していた大智が、顔を覗きこんできた。潤太はカッと自分の顔が赤らむのがわかり、咄嗟に俯く。 「大智先輩、なに恥ずかしいこと云ってるんだよ……」 「でも、こういうふうに俺を意識してくれるのは、うれしいんだよ? だから、気にすんなってこと」 「は、はぁ。……うん」  それで気にするな、か……。先輩それは複雑だよ。 「お前はいままでどおり好きなようにやっていてくれ」  伏せた頭を大智がポンポン叩く。 「吉野が全身全力で俊を追いかけている姿を見ていて、俺はお前のことを好きになったんだから。だから潤太はそのままでいてくれたらいいんだよ」  それはとてもストレートな愛の告白だ。カァァァッと頭のてっぺんまで血が駆け上がり、潤太の心臓が破裂しそうな勢いでバクバク鳴りはじめる。  大智はちゃんと潤太のことを理解してくれていて、そのうえで自分のことを好きだと云ってくれているのだ。 (よかった)  潤太は大智の指に頬を(つつ)かれると、顔をあげた。  「……真っ赤だな」  そう云った彼の顔もうっすら赤い。  頬を(つま)まれた潤太が目を(すが)めると、ピンクに染まった薄い皮膚に長いまつ毛が影を落とした。本人は知らないがそれはとても魅力的で、釣られたように大智が顔を近づけてくると、潤太は黙って瞳を閉じた。 「お前の直向(ひたむ)きなところが大好きだよ」  言葉が吐息となって口唇を擽り、それから大智の唇が潤太のそれへとゆっくりと重なった。

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