45 / 51
第45話
アパートへと帰る道のり、大智が家で待つ俊明に電話をしてくれた。潤太の無事を伝え、あらかたの説明をしてくれていたが、それでも俊明は潤太の顔を見るまで心配だったようだ。
アパートのドアを開けると、彼は慌てたようすで玄関に出てきた。すこし疲れたような彼の様子に悪いことをしたなと、潤太は改めて反省する。
今日、潤太が初めてここへ訪れたとき、彼はドアが開いたと同時に潤太のことをぎゅっとハグしてきた。そしていまもまた同じようにして彼の腕は潤太へと伸びてきたのだが、――しかしその手は潤太を抱きしめることはなく、空を握って下ろされてしまう。
「先輩、ただいま」
「吉野、おかえり。外は寒かっただろ?」
「心配かけてすみませんでした。えっと、これが一也くんにもらったケーキだよ。一緒に食べましょう?」
玄関に入るなり、まっさきにケーキの箱を見せた潤太は、後ろにいた大智に「さっさと中に入れ」と、頭を押されてつんのめる。首筋に触れた彼の手はとても冷えていた。
「うん。俺よりもずっと外にいた大智先輩のほうが寒かったよね。ごめんね、大智先輩」
「いいよ、それよりはやくなかでゆっくりしたい。吉野そのケーキ食べるんだろ?」
「うん」
大智に頷いてみせた潤太の背後から、
「じゃあ、なんかあったかい飲み物入れるな。大智、なに飲みたい?」
と、俊明が訊いた。
(先輩……?)
彼が従兄弟である大智に気遣いある言葉をかけるところを、はじめて目の当たりにする。それが寒いなかひとり潤太を探し駆け回っていた大智への、俊明なりの感謝の気持ちなのだと潤太は気づく。
ふたりはお互いに仲が悪いと云ってはいるが、きっと幼いときから数えるとケンカをした回数よりも仲良く過ごした日々のほうが多いのだろう。
「んじゃお茶。ほうじ茶にして。吉野はなんにするんだ?」
ふたりに顔を覗かれて、潤太は破顔する。
「じゃあ俺もほうじ茶お願いします」
「了解。じゃあ、ふたりともコタツに入って待てってね」
いつも皮肉を云いあっているふたりが、潤太のために譲りあったり、協力しているのなら、これほどうれしいことはない。
「なぁに、いやらしい笑いかたしているんだ?」
「んふふっ」
大智に額を突かれると、潤太は一本立てた人差し指を唇に当てて「ないしょー」と答えた。
伝えたところで大智は素直に受け止めてくれないだろう。潤太は笑ってごまかすと「お皿とフォークもらってくるね」と、俊明のいるキッチンへと向かう。俊明にだって潤太はちゃんと謝らないといけないのだ。
リビングとは壁を一枚隔てたクローズドタイプのキッチンは、ふたりきりで話をするのに持ってこいのスペースだ。きっとそれをわかっていて、いつもなにかと先に動く大智も潤太をキッチンへと見送ったのだろう。
俊明に教えてもらって引き出しから小皿とフォークを三人分取り出した潤太は、俊明の隣に並んだ。急須には既に茶葉が入っていて、三人分のお揃いの湯飲みが用意されている。あとはお湯が沸くのを待つだけだ。
(よぉし)
作った握り拳にぐっと力をいれて見つめた潤太は、それからその手をぱぁの形に開いた。
どうせ謝るのならば、拗れたりしないようにきっちり全部だ。そう思って指を一つづつ折って数えていく。
まずは突然家を飛び出していったこと。きっとびっくりただろうし、いっぱい心配させた。エッチなことだって一方的に先輩が悪いみたいに云ってしまった。自分たちは恋人同士なんだから。度合いが違えど、お互いのことを求めてしまうのは自然なことなのだ。
(汚れた大人とか云っちゃたのは失礼だったよね? 先輩、傷ついちゃったかな?)
チラリと俊明の顔を見る。
あとはなにがある? そうだ。なんか自分の欲求ばかりを云いたいだけ云ったような?
(デートしてないだとか……、手ぇ繋ぎたいだとか。そして、そして……)
とてつもなく恥ずかしいリクエストを口走っていたことを思いだした潤太は、指を四つ折った姿で固まってしまった。そんな潤太の頭上で俊明がクスッと笑う。
ともだちにシェアしよう!