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第46話

「吉野。さっきはごめんね」  ほへ? と、顔をあげて彼を見ると、 「……させてくれなくても吉野のこと、大好きだよ」  耳もとで甘く囁かれた。 「――――‼」  いっきにのぼせた潤太の頭からは、ボフンと湯気が立ちそうなほどだ。俊明は潤太の大好きな穏やかな笑みを浮かべていて、見つめられた潤太の胸は、きゅううんと締めつけられる。  俊明はちゃんと自分の云ったことを聞いてくれていて、ちゃんと考えてくれたのだ。そしていま、潤太の望みのひとつを叶えてくれた。 (大好きって、大好きって云われた。うれしいっ)  舞い上がった潤太が言葉を返そうとすると、ギュッと抱きしめられる。 「せっ、先輩⁉」  好きと云われて、彼の匂いと体温、そして力強い腕の感触までを一度に感じてしまったりすると、その効力は抜群だ。 (だっ、だめっ、だめっ、……ま、股が、緩んでしまうぅーっ!) 「先輩っ、だめーっ!」  潤太は腰が砕けそうになりながら、全力で俊明を押しのけた。 「うわっ」  どんと胸を押されて、俊明が二、三歩後ろにふらつく。 「先輩!」 「な、なに?」  熱くなる身体を持てあまし慌てふためいてしまっているが、でも、もう家を出るまえの自分とは違うのだ。このまま振り出しに戻るわけにはいかないと、潤太はキッと強い眼差しをつくった。 「先輩、あのねっ! こういうのは暫らくは、ナ・シ・で・すっ!」 「え!」 「高校生なんだから、ちゃんとゆっくり、ね」  「えぇぇ……」  腰に手を当てた潤太が毅然な態度をとると、すこし驚いた彼は、そのあと満更でもなさそうに笑ってくれた。  お茶がはいると、ふたりで湯気のたつ湯飲みを持ってリビングに戻る。潤太がそのまま大智の隣に座って上着を脱ぐと、俊明がそれをハンガーにかけてくれた。 「吉野、このコートどうしたの?」 「だから、一也くんのだよ? 一也くんの家の玄関にあったの。勝手に借りちゃったからはやめに返さなきゃ」 「高木先生の家? ……そう」  俊明が不思議そうな顔をする。カーキ色のダッフルコートは、内側がジップアップになっていてすこし珍しいかもしれない。  俊明は大智とは反対側の潤太の隣に座った。 「ところで、さっきの話に戻るけど」  潤太に伸ばした指で、カーディガンから覗く赤いリボンの形を整えながら俊明が話しだす。 「吉野がスカート穿いた云々って話。ちょっと詳しく聞かせてくれないかな?」 「ふぇっ⁉」  ギックーンと鼓動を跳ね上げさせた潤太は、ついに来た、と身体を竦ませた。 「ねぇ、どうしてスカートを穿いたの? で、なんで大智はそれを知っているの? 知っているのは大智だけなの? 大智だけにスカート穿いているところ見せたわけ?」  横目で大智を窺えば、わざとこちらのことを無視しているようで、彼は熱い湯のみのなかを、フゥフゥ冷ましている。  潤太はカーディガンのポケットに忍ばせた星をギュッと握りしめた。精一杯の誠意を込めて説明をすれば、きっと俊明に分かってもらえるはずだ。そう自分に云い聞かせて潤太は、首をちいさく横に振った。 (いや、ちがうって。まっすぐな愛を込めて、だ! 先輩のことが大好きなのだから、その気持ちをちゃんと念頭に置いて言葉を紡げばいいんだ。そうしたら、絶対、俺の気持ちは伝わる!)  潤太は下唇を噛んで舐めると、勇気を出す。 「俺ね。俺、春からずっと先輩に告白するために、いろんな作戦を考えたんだよ」 「うん」 「ラブレターもいっぱい書いたし、告白するチャンスをつくるために待ち伏せだってたくさんしたし」  潤太の手に彼の手がそっと重ねられる。 「俺、頭は良くないから、その分見た目で勝負できないかなって思ったし……」  赤くなった顔を見られるのは恥ずかしいが、潤太は視線を外さず真っ直ぐ彼を見て話した。口を挟むことなく聞いてくれている俊明は、心なしか面映(おもは)ゆそうだ。

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