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第33話
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バタンとドアの閉まる音が響く。潤太のいきおいに呆気にとられていたふたりは、その音が玄関ドアの音だったこと気づいて、ハタと正気に返った。
すぐさま潤太を追いかけようと靴をひっかける大智に、俊明は彼のスマホとふたりのコートを手渡す。
「見つかったらすぐに連絡して」
「わかった」
俊明は現役陸上部の潤太の脚に自分が追いつくとは思わない。ならばその点では頼りになる従兄弟にまかせてしまうのがいいと判断した。そして大智もそれは承知だ。大智は短い返事をすると潤太を探すために外へと駆けだした。
「あぁぁ、もうっ!」
ドアが閉じると、俊明は苛立たし気に壁を叩く。自分はいろいろやりすぎてしまったのだ。結果、ライバルである大智にその尻ぬぐいを任せるハメになってしまった。くやしいが、こうなったのも自業自得なのだ。
大智が無事に潤太を見つけたあと抜け駆けするのではないかとか、潤太が迎えにきた大智のほうをよりいっそう好きになってしまうんじゃないかとか、嫌な考えがいくつもいくつも湧いてくる。
なによりも今日は気温が低いうえに、風だって強い。あんな短い丈のワンピース姿で外へ出ていった潤太を思うと、俊明は気が気じゃなかった。かといって自分まで彼を探しに家を出てしまったら、彼が戻ってきたときに出迎えてあげる者がいない。
ガラ悪く舌を打って気分を一掃すると、俊明は潤太が帰ってきたときのことを考え、部屋を暖かくして温かい食べ物を用意しておくことにした。大智からの連絡がいつきてもいいようにスマホを手にして、キッチンへと向かう。
そして。潤太が安心してこの部屋に入って来られるように、安心して残りの時間を過ごせるように、自分はすこし反省しなければならないのだ。そうでなければ、自分はきっとまたおなじ失敗をして潤太を泣かせてしまう。
「たぶん今までの娘のなかで、いちばんあいつのことが好きなんだよ」
きれいに洗った野菜をザックザック切りながら、俊明は「はぁっ」と肩を落とした。
「しかもまだまだもっと好きになっていきそうな予感がする…‥」
俊明は潤太が自分に一途に恋慕する姿が大好きだ。照れて顔をあげることができなかったり、緊張でうまくしゃべられなかったりするさまをとてもかわいいと思っている。
潤太は複数人でいても、そこに自分が加わっていれば態度が変わってしまう。だから俊明は普段は自然体の潤太を見ることができないのだ。それで自然に振舞う彼を見たいがために、校内で彼を探しては、遠くからこっそり見ていたりもした。
ところがだ。昨日の三人での帰り道、そして今日はじめて家に招いたプライベート姿の潤太――彼はそこに大智がいれば、自分のまえにも関わらずとたんにのびのびくつろぎだす。それはまるで親に見守られたなかで遊ぶ幼児のように。
俊明は大智に屈託なく接する潤太を見ているうちに、どんどん不愉快になっていった。しかも大智がいることで奔放に振舞えるらしい潤太は、俊明を差し置いてずっとケーキに夢中だった。もしかしてもう自分に興味がなくなってしまったのではないかと、俊明が心配になるほどに。
けれどもそれは杞憂だったようで、大智が部屋を出ていきふたりになると、潤太は一瞬でいつも通りの俊明だけの恥ずかしがり屋の潤太に戻ったのだ。ほっとしつつも、それだけ大智がいると安心できるってことなんだよなと、気持ちは複雑だ。
大智が妬ましい。大智にそれだけ心を許してしまっている潤太にも苛ついてしまう。それでやりすぎてしまった。
たしかに思春期の情動も持て余してはいた。でも潤太が奥手だとわかっていて、それでもいろいろしすぎてしまったのは、多分に意地悪な気持ちからだ。
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