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第34話

 潤太にはずっと自分だけを見ていてほしい。せめて自分がつくった料理の一欠片(ひとかけら)でも彼が食べていてくれたら、すこしは結果が変わっていたのだろうか? かといって自分から勧めて食べてもらうのは、なんかちがうのだ。あれはやはり潤太のほうからすすんで食べてほしかった。 (俺ってどうしようもないな)  どうも自分は潤太に全身で好きでいてもらいたいという欲求が強すぎる。でも拗らすくらいなら――、 「こんどは自分から『食べて』って素直に云ってみるか……?」  俊明は細かく切り刻まれた食材を眺めた。時には妥協も必要だと自分を納得させる。吉野のためにつくったんだよって、そう言葉を添えれば、あの子はきっとなんでもうれしそうに頬張ってくれるだろう。それぐらいのことができてやっと、自分の心には余裕が生まれるのだろう。  潤太が帰ってきたら、今度はくだらない嫉妬や欲望を抑えて、もっと彼に歩調を合わせた彼氏を心がけようと決意する。  そして彼を大切にするためには、自分はもっとあの従兄弟と歩みよったほうがいいのだろうとも考える。ふたりで協力したら、潤太の幸せは二倍になるのかもしれないのだから。  でももしかするとそれには、そうたいした努力はいらないのかもしれない。なぜなら自分と大智は合いすぎるほどに気が合うし、それに今こうしているのも、既に自分が大智はここに潤太を連れて帰ってくると信じているからだ。  さっきまで腹立たしくもあった従兄弟への謝罪の気持ちと、寒いなか外にでて自分の大切な恋人を探してくれていることへの感謝の気持ちをこめて。 「お前の好物作ってやるんだから、さっさと吉野を見つけて帰ってこい」  俊明は取り出したカレールーの箱をパチンとつま先で弾いた。                 *    ピンポンピンポンピンポン! 「寒いーっ。一也くん開けてっ! 開けて!」  ドンドンドン。  着の身着のまま恋人のアパートを飛びだしてきた潤太は、そのまままっすぐ学校の近所にある知人のマンションに向かって走った。アパートから三分程度で辿りつくと、まずはエントランスのインターフォンに手慣れた三桁の番号を入力して、呼び出しボタンを押したのだが、 『はぁ? 潤太? ……おまえ突然なにしに来たんだ?』  普段ならすぐにピッと開錠してくれる相手が、今日に限っては歯切れが悪かったのだ。  そこで焦れた潤太は、出かけるマンションの住人によって開いた自動扉をすり抜けてまんまと建物に侵入し、そして彼の部屋へと奇襲をかけた。ドンドンと住戸の扉を力いっぱいに叩いて叫ぶ。 「一也くん、早く開けてよーっ、俺、寒くて死んじゃうよっ」  程なくしてガチャリとドアが開いて、なかから兄の友人、高木(たかぎ)一也(かずや)がでてきてくれた。 「お前なぁ――って⁉」  呆れた顔で髪をかき上げた一也の顔が一変する。彼が驚くのも無理はない。潤太が肩丸出しのワンピース一枚きりの姿で立っていたのだから。靴下すらなしで素足にシューズを履いた潤太には、全身に鳥肌がたっていた。 「潤太っ、お前、なんつぅ格好してんだ、冬だぞ? 馬鹿か⁉ 早くなかに入れ」 「一也くん寒いよぉ。はやくあったまりたいよぉ」  バフンと彼のお腹に抱きつくと、とてもあったかい。 「つか、なんかお前、甘ったるい匂いしてないか?」  眉を寄せた一也がクンと鼻を蠢かせた。しかし凍える潤太はそんなことにはかまっていられない。洟をすすりながら「なかでなにか温かいもの飲ませて?」と、懇願した。 「あー、いや……」  ガクガク、ブルブルと震えながら潤太がこんなにも訴えているのに、なぜだか今日はいつもの一也とは様子が違う。だいだいなかに入れと云ったくせに、彼は潤太を玄関の先から奥へ行かせてくれようとする気配がない。 「? ……ちょっと一也くん、なかにいれてよ。ここじゃ寒いよ」 「……コート貸すから潤太、今日は帰れ」 「えっ、なんでっ⁉ 一也くんはこんな寒い格好している俺がかわいそうじゃないの? 財布もないから電車にも乗れないんだよ? そこ退いてよ」  すらりとした長身に立ちはだかられると、廊下を先に進むことができないじゃないか。

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