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【2020/05 教育】⑬
仕方なくローブを羽織って脱衣所に向かうと、ユカが湯を張り直して、救急箱を用意して待っていた。
「お疲れ様でした、相変わらずドMですね」
「はは、今に始まったことじゃないし」
救急箱を受け取って、ローブを脱いでバスルームに入る。
骨盤の中がだるく、重い感じがあり、腹も痛い。全身の関節が軋み、熱っぽい感じがする。
鏡で見るとあちこち痣ができている。
全身を軽く流して浴槽に浸かったのを見計らってユカが「お夜食、玲さんが食べられるものにしたので、上がったらダイニングにいらしてくださいね」と声をかけてきた。
「具体的には何が出るのかな」
「水気の多い中華粥とうすーく切った豆腐の薄味のお汁ですね」
前にも出してもらったことがあるメニューだ。
「もうなんかもう病人の食事だよねえ」
自分でも、ちょっとどうかと思うと笑えた。
「でも玲さん、食べるときは確実に食べられて、戻すのに苦じゃない食べ物じゃないとダメじゃないですか。笑い事じゃないですよ」
「すみませんね、お気遣いいただきまして」
扉越しに会話を続ける。
おそらくユカはおれが入浴中に寝入ってしまわないか様子を見ている。
「いえ、それさえも受け付けない時期もありましたし、それから思えば今は少しマシですから」
《第二週 水曜日 授業前》
先生が心配で気が急いて、いつもより早めに着いてしまった。
先生にメールしたら、なんと「今日はもう来ているから部屋においで」と返信が来た。
慌てて向かい、ノックすると「どうぞ」と声がした。
既に先生は仕事していた。小曽川さんに頼んでた調べ物をもとに、何かの原稿の加筆修正をしているようだった。
「すみません、寝れないって聞いて、ちょっと心配で」
デスク後ろのソファで小さくなっていると、小さく「ふふ」と笑うのが聞こえた。
「それでも今日は少し寝れたほうだよ、あと久々に人間の食事を食べたな」
振り返りながら、まるで自分が人間じゃないような口ぶりで先生は言った。
その時に口元の動きが気になった。
滑舌がちょっといつもより悪い気がする。
あと、初日の授業のときも感じたが、先生は笑ってても喋ってもあまり口角が動いてない感じがした。
あと、今、口腔内に光るものが見えた。
「昨日のことを踏まえて、今日の実習前に訊いておきたいことはない?」
おれの顔をじっと見ている。
「実習関係ないんですけど、一ついいですか」
「ん?何?」
やっぱり口の中、何かある。
「口の中に今何か入ってませんか、邪魔じゃないですか?」
先生は一瞬目を丸くして、それから「あぁ、忘れてた」と呟いた。
そして、舌を出してその正体を見せた。ピアスだった。
その舌を出したときの表情がえらく艶かしく、背中に電流が流れるような刺激が走った。
咄嗟に自分の鞄で下肢を隠し、鞄の中の何か探す素振りをする。
先生はデスクの上のシャーレにピアスを外して入れた。
「まあ、マスクしちゃうと誤魔化せるから着けてても別にいいっちゃいいんだけどね」
首のキスマークも、リストカットの痕も、舌ピアスも、おれには衝撃的且つ刺激的過ぎてどう振る舞っていいかわからない。
心臓が喉の辺りまで迫り上がって喉から出てしまいそうになる。首筋が熱い。
引続き鞄の中を探す振りをしていると手元が翳ったのでふと顔を上げたら、直ぐ目の前に先生の顔があった。
昨日と全く同じ服装をしているのに、全く一昨日とも昨日とも違う匂いを纏って屈んでいる。
「ごめんね、なんか心臓に悪い人間で」
優しく髪の毛を掻き撫でて謝るこの人を、今すぐめちゃくちゃに抱きたい衝動を必死に堪える。
「スクラブとかタオル用意しようか、ロッカーも。解剖室とシャワールームも今のうちに案内するよ。あと、驚かしたお詫びになんか奢るよ、行こう」
細い手が伸びてきて、おれの手を引いた。汗や脂の感触のない、体毛もなく、握力もない、すべすべとした柔らかいきれいな手。
全身の力が抜けて、性器が息づいたまま戻らなくて、うまく動けない。
「ほら、南が来るとうるさいから、早く」
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