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【2020/05 教育】⑭
いたずらっぽく笑って強引に誘導するのをフラフラと覚束ない足取りでついていき、まだ人も疎らな朝のキャンパスを歩く。
新緑が眩しい。都心とは思えないゆったりした時間が流れている。
その爽やかさとは裏腹に、心臓が喉の中にあるように激しく拍動し、体温が上がって、息が荒くなり、喉が渇いて仕方がない。
「ねえ、先生、離してください、昨日から、おれのこと、からかってるでしょ」
先生の手を引いて引き止める。
「ん?なんで?」
立ち止まって振り返った先生は、そのまま徐ろにおれに抱きついた。
屹立したものが先生の鳩尾のあたりに当たり、それを感じ取った先生がおれの顔を見上げて薄っすら微笑んでいる。
「ダメですよ、小曽川さんに叱られますよ」
「なんで?」
なんでって、そんなの。小曽川さんに言われていたのに、二人きりにならないようにって。
その意味がやっと解り始めたけど、とっくに手遅れだ。
でも、先生だけのせいにするわけにもいかない。
細い方をできるだけそっと掴んで、身体を引き離す。
「先生、おれ、ゲイなんですよ」
「そんなことカムアウトしなくたっていいのに、きみ、素直だなあ」
「それ言ったら、初日からあんな痕わざわざ見せなくたっていいじゃないですか」
恨みがましく言うと先生が振り返った。
「だってさ、長谷くん、すっごい目で見てくんだもの。リスカ痕も、ピアスも。あんな目で追われたら意地悪したくもなるよ」
声のトーンを下げて淡々と言うと、再び背を向けて歩き出した。
「先生は、ゲイなんですか?」
「長谷くんはどう思う?」
うまく答えられない。
「それと、こんな痕つけるのってどういうヤツだと思う?」
痕だけじゃ独占欲が強そうな事しか想像できない。独占欲の強さに男女なんて関係ないし、性的指向までは読めない。
「よくわかんないです。でも、その人は先生が自分のものだって主張したいというか、独占したいとかそういう気持ちはあるのかなって思いますよ。先生もその人にそういうこと許す程度は、その人を愛してるんですよね?おれの入る余地無さそうだから必死にセーブしてるんですよ、おれ」
自分なりに思ったことを一気に吐き出した。
「そっか、本当に素直だなあ」
本当に悪意なく、自分の若く幼い素直さを微笑ましく思っているのがわかる。
徐々に体の熱が治まって、歩く速度が上がる。
追いついて横に並んだことに気づいた先生がこちらを見上げた。
「おれ、好かれても何にも返してあげれないんだよね。逆に好意を盾にして搾取したり意地悪したり怒らせたりさ。歪んでるんだよ」
きれいにラインの整った横顔が、少し困ったような表情で笑っている。
「長谷くんさ、おれに発情してもいいけど、好きになったらダメだよ。きっとズタボロになるまで傷付けちゃうし、泣かせちゃうから」
それは多分無理だ。おれは、欲情とときめきの区別がつかないバカなんですよ先生。
なんて、この歳でそんなこと言ってしまったら引かれるに決まってる。
「気をつけます、でも、先生もおれを刺激すんのやめてくださいね」
精いっぱい愛想笑いを作って念を押す。
「はいはい」
目線を合わせずに生返事で返しながら、先生は道すがら落ちている小石を蹴って歩いた。時々気まぐれにパスしてくるのを受け止めて蹴り返す。
先生なりに運動やってたおれに気遣ってくれてるんだろうか。
「あ、」
当たり場所が悪かったのか、石がどこかに飛んで行ってしまった。
「あーあ、終わっちゃった」
そのとき多分、初めて、おれは先生が無邪気に歯を見せて笑っているのを見た。
目尻に少しシワが寄って、きれいに揃った小さな上の前歯がちらりと見える。
今まで好きになったことのないほどの年上の人。
好みとは違う全然タイプの顔。体型。
それなのにどうしてこんなに、欲情と胸騒ぎが止まないんだろう。
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