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【2020/05 牢獄】①

《第二週 水曜日 未明》 低温でゆっくり髪を乾かし、傷みが進まないようヘアオイルとジェルタイプのトリートメントを馴染ませてから更にブローして整えてからゲストルームに向かった。 玲が寝ているはずの奥のベッドからはさして深くない呼吸音が聞こえる。 「玲、起きてるだろ」 「ふふ、よくわかったね」 毛布からスマートフォンを手に顔を出して、また引っ込んだ。 「またゲームやってんの?課金しまくってんだろどうせ」 「ひどいな、おれすげーイベントとミッション頑張って殆ど無課金でやってんのに」 隣のベッドに潜り込んで目を閉じていると、玲のベッドから小さい音で軽快な音楽が鳴り、画面をタップする乾いた音と、時々ミスって「わ、」などと呟いているのが聞こえる。 しかし 何度か同じところでミスったっぽい。諦めてゲームアプリを閉じたのかやっと静かになった。 と思いきや、布団を捲ってこちらのベッドに入り込んできた。 「ふみ、久しぶりに一緒に寝よ」 「はぁ?やだよ自分とこ戻るかオヤジんとこ行けよ」 手と脚を踏ん張って必死に阻止する。 「だってオヤジのとこは由美子さんがいるじゃん」 「あんなでけえベッド3人だって4人だって寝れんだろ」 決死の攻防が繰り広げられたが、根負けして結局一緒に寝る羽目になった。なんだってこんな甘ったれなんだ。仕方ないので腕枕してやる。 「てかさー、あんな事があった部屋で寝れる由美子さんメンタル強すぎだと思うんだよな…旦那が部下に情婦レイプさせてた部屋だぜ?」 「…わかる、いくら恋愛関係のないビジネスパートナーとの契約結婚たって、それはおれもちょっとどうかと思う」 結局眠れず、ふみとダラダラ他愛もないオチのない話をしているうち、空が僅かに色づき始めた。混雑を避けたいしやりたいこともあるので本格的に朝日が登る前に着替えて出ることにした。 姿見の前で全身を確認する。 吸われたり咬まれたり締付けられた箇所が赤くなり、蹴られた部分や拘束されていた箇所が青くなっている。 塗って隠さないと。 鞄からカバーマークのファンデーションを出して、その場所の肌の色に合わせて混ぜて色を調節し、繰り返し叩き込むように馴染ませていくとかなり目立たなくなった。 服を着て荷物を持ってリビングに行くと、先に準備して徳永が待っていた。徳永は悪目立りしないよう服をシンプルなものに着替えてキャップを被っている。 「そろそろ出るか。てか何でこんな早く行くんだよ…しかも一旦うちに帰るってさあ、お前んち地味に遠いし道も混むからやだよ。職場だったら近いんだからそこでもう少し寝てろよ」 「しょうがないなあ、そうするよ」 業務用のガラホを起動した。 此処に来る途中、飯野宛に送っておいたメールの返信が来ているので返す。返事が来たのでまた返信して、約束を取り付けた。 そして、伝え忘れがあったので別途新たにメールを作成して長谷に送信した。思いの外早く返信があったが、もしかして早起きして朝何か習慣でやっている事でもあるのだろう。 近くの駐車場で売れ筋のコンパクトカーをカーシェアから借り、少し離れたコンビニの駐車場で買い物をした。 缶コーヒーを買って助手席側後部座席に座った。助手席は最前までスライドしてあり、足元に余裕があるので脚を組む。 徳永が運転席から振り返って煙草を差し出すのを貰い、窓を少し開けて火をつけた。 「今回撮ったやつ、ふみは貰ってどうすんの」 「どうもしない」 車両がゆっくり、スムーズに走り出す。徳永は基本的に慎重で急発進や急制動を一切しないので安心して乗っていられる。 「へぇ、アレで抜いたりしないの」 「なんでおれがオヤジのオンナで抜かなきゃなんねんだ」 そう言いつつも、徳永はミラー越しにこちらをちらりと見る。鏡の中で目が合った。 「憶えてるか、お前が昔クルージングで輪姦されてんの撮られて流出したやつ」 「そりゃあまあ、忘れてはいないよ。帰りダウンして救急車沙汰になったし、処分食らったしさ」 セックス絡みでは間違いなくアレが最も黒歴史だと思う。 「アレまだ出回ってんぞ、どうすんだ職場にバレたら」 「まあわかんないでしょ、顔違いすぎるし今ほど痩せてなかったし」 そうだ、あの頃はまだ、顔がデフォルトだったんだよな。 「なあ、そのマスター、実はおれが握ってるっつったらお前どうする?」 「…何、おれを脅すの?」 答えないので運転席のシートを思い切り蹴った。 「おい、おれを強請るのはてめえのオヤジ強請るのと一緒だぞ、わかって言ってんだろな」 「冗談だよ、おれが持ってるわけねえだろ」 徳永が深く長い溜息を漏らした。 「はぁ、おっかね…てかさぁ、お前どう考えてもこっち側の人間だろ。なんでそっちに居るんだよ」 「さあな」 おれもそれは思う。 でも或る意味、そういうのは、運だと思う。 ドリンクスタンドに置いた缶コーヒーの缶で煙草の火種を潰して火を消した。 背凭れとドアに凭れていた体を起こし、運転席に近づく。耳元に唇を寄せて囁いてみる。 「ふみ、普通の恰好かわいいね。今度おれとデートしよか」 一瞬喉仏が動くのが見える。耳元が赤くなっている。肩に顎を載せて胸に手を伸ばす。 「だから、なんでおれがオヤジのオンナとデートしなきゃないの。てかシートベルトしろよ点数取られんのおれだぞ」 「だって、ふみ、おれじゃないと勃たないんでしょ?」 徳永が握った手でハンドルを叩いて「この雌豚が」と声を荒げた。 耳の後ろ側からザワザワと泡立つように快楽駆け巡り脳を這いまわる。 「いいね、もっとそういうの本気で言ってよ、あとそんなとこ叩くなら、直におれのこと殴ってよ」 服の上から探り、僅かな胸の突起を指の先で転がす。 「…ん…っ」 耳元から首筋が赤く染まる。 中心部に近づくにつれ道路が混雑し始め、地下鉄駅前の交差点の信号で止まったところで左の肩を拳で思い切り殴られ、後部座席に沈んだ。 「だからシートベルトしろって。てかホントその性癖どうにかなんないのマジで…なんなの…」 心底呆れたように徳永が呟く。 シートベルトを装着して再びドアに凭れ、窓の外を眺めた。 「何言ってんの、どうにかなってたら今此処にいないよ」 状況を考慮して、大学の最寄り駅の1つ隣の駅との間で玲を下ろした。 下りるときに首の黒子にキスされたが咄嗟に反応できず、奴が降りてから窓を叩いた。そのおれを見て笑って手を振って去っていくのを見送ってから車を出した。 正直、最初に出会ったときから全く何を考えてるのかサッパリわからない。

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