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【2020/05 牢獄】② (*)
《1993/12 第2週 水曜日》
初めて会ったのは26年前。
玲が18歳になって間もない頃で、おれが家出して当時オヤジのいた二次団体に転がり込んで、オヤジの家に住むようになってすぐの頃。オヤジはまだ二次団体の幹部、今の俺と同じような地位だった。
オヤジのニーズに合う奴を探しだしたのは当時のオヤジの右腕だった男だ。前任の愛人が耐えきれず逃げてしまったので探すよう奥様に命じられ、ゲイでもなんでもないそいつがオヤジのために半ばヤケクソでゲイ雑誌を購入したり、インターネットで聞きまわったり、ゲイ向けの出会い系を漁るなり、二丁目に出向いて聞きまわったり、必死にあちこちの店に片っ端から問い合わせて顔合わせを繰り返して、ようやく見つけたのが玲だった。
官庁街にほど近い歴史ある高級ホテルのラウンジに呼び出されて現れた玲は、目が隠れるほど伸ばした厚い前髪で目元が覆われていて、よく顔が見えなかった。但、今と顔が違っていたことだけは明らかだ。
挨拶や言葉遣い、応答はしっかりしていて、身なりも地味ながらきれいでいいものをさり気なく着ていて、所作が丁寧で、育ちの良さが覗えた。
表情が乏しく、声が弱々しくて今の不遜な態度からは考えられないほど、儚く脆そうな雰囲気を纏っていた。
ぶっちゃけオヤジの性癖はヤバい。
「マゾっ気が強く大人しい、非力な如何にもの少年体型、身長170以下、年齢は22歳以下、髭体毛NG、染髪や派手な身なりNG」
条件は「一般的なSMではやらない殴る蹴るに耐えられるor反応できること、まる一日貸切などのロングに対応できること」
まさかそんな話に乗るやつは居ないだろうと誰もが思っていた。しかし居たのだ。
玲がオヤジの隣に座ると、オヤジとの体格差で実際より更に華奢で小さく見えた。
身元が確認できるものを見せるよう言われた玲が学生証を出したとき、東京大学教養学部文科三類と書いたものが出てきた。専門課程では文学部行動文化学科、心理学を専攻すると宣い、オヤジは目を丸くしていた。
「こういう性行動や性癖を心理学的に分析でもするのか」と問われたとき、玲は首を振って「研究したいことは別なので、漏らすようなことはしないから安心してください」と言った。
それに続けて「時々理不尽なひどい目に合わないと自分の中に生じた言語化出来ない煩悶が解消されない、気が狂いそうになる」とも言った。
それを聞いたオヤジは何も言わず玲の脚を開かせ内腿を爪を立てて強く抓ると、玲は体を震わせて首筋から頬を上気させ、小さく甘い声で鳴いた。
前髪の隙間から濡れた目が光るのを確認すると、オヤジは玲の隆起しかかっていた下腹部を撫で何か囁いた。
玲の手を引いて席を立ったので後を追ったが、呼び出すまで待機するよう言われ、おれはホテルをあとにした。
その後、オヤジから連絡があったのは朝方だった。
しかも呼びつけられたのは俺だけ。
教えられた部屋を訪問すると、所謂ジュニアスイートに近いつくりの部屋で、自室の数倍の広さがある調度品の立派な部屋だった。
ロビーで迎え出たオヤジに連れられて部屋に行くと、キングサイズのベッドには布団に包まって玲が小動物のように丸くなって眠っていた。
しかしその中から覗くブランケットには所々血が滲んでいる。隙間から覗く玲の顔には痣があり、少し昨日見たより頬が腫れぼったくなっていた。ブランケットの裾から出た脚や腕にも打痕が見てとれる。
ベッドファブリックにも血痕が残り、精液の染みた跡がついている。オヤジのもちこんだスーツケースには吐瀉物などで汚れたバスタオルが放り込まれていた。
あまりの光景に足が竦む。
でも逃げるという選択肢はあり得ない。
オヤジが玲のブランケットを剥ぐと、腹や肩にも痛々しい打痕が広がっており、腿や尻は薄っすら赤く染まっていた。腕は後ろに組んで鞣した縄で縛られたままだった。
鼻血がでたのか鼻腔が赤くなっている。唇や口の中も切っているのかやはり腫れが見られる。
左腕に何本か赤い線が走っているのが見えるが、新しい傷ではなさそうだ。だが同じような長さの傷痕が何本も白く盛り上がって柔らかそうな膚に張り付いている。
「お前さ、女の子とはしたことあんの」
「え、いや、まあ、そりゃ一応ありますけど…」
藪から棒に訊かれて驚いたがとりあえず答えた。
嘘だ。最後までしたことはない。
訂正するにできずにいると、オヤジは疲弊して眠そうな表情の玲の頬を軽く叩いて起こし、とんでもないことを言った
「玲、起きろ、うちの若い奴にお前やらせるぞ」
反射的に素で「え、待ってください、おれ無理です」と言ってしまったが「は?お前らに拒否権はねえよ」と一蹴された。
「早く脱いで上がれ。業務命令だよ」
甚振られた玲を見てから血の気が引いたまま変な汗と震えが止まらず、部屋が妙に寒く感じた。
一番下っ端の、世間知らずのガキで、何事にも慣れていない自分だからこそ呼ばれたのだ。
服を脱いで、玲の横に膝を置いてゆっくりと座ると、玲が縛られたままゆっくりと寝返ってこちらに顔を向けた。
「昔からの友達には、なんて呼ばれてるの?」
前髪が重力で流れて分かれ、額が見える。
大きな裂け目のような模様と、縫合の痕、ケロイド化し引き攣れた周辺の皮膚と、広範囲に傷痕があった。
そして、それまでこの密室で行われていた行為や、今から行う行為を思わせない穏やかな表情と声があまりにもアンバランスに存在していた。
「だいたい…、ふみ…って呼ばれてる」
当時の玲の顔は、目は大きく黒目がちではあったが奥二重に近く目は切長に近かった。また、ちょっとアデノイド顔貌気味で顎が引き気味で、口元がゆるく見えて、特別きれいな顔立ちではなかった。
でも、おれに話しかけたときの表情や、夢を見ているような目つきと、体の傷痕とか痣、額の傷痕のギャップが自分の中に刺さった。
このとき初めておれは自分の中にそういう性癖があることを知った。
おれはどうしたらいいんだ。
誰に言う訳でもなく、脳内で自分の声が反響する。
戸惑って固まったままのおれに、玲は再び囁いた。
「ふみ、おれの顔跨いで、舐めさせて」
夢見るような目は、いつの間にか先程とは違う色を見せ始め、昼間のラウンジで見たときの濡れた質感が宿っていた。
膝立ちで頭部を跨くと、触れる髪の毛は量や色の割に柔らかく、きちんとヘアオイルを馴染ませてトリートメントしているのか、絡みや引っ掛かりもなく、ジャスミンや百合の花のような芳しい匂いがした。
思わず手を伸ばして撫でると、小さく「だめ」と玲が言って首を振った。
「優しくしないで、喉まで捩じ込んで」
これがオヤジが求めたもの、性癖。
額を覆う前髪を掴み、親指で傷痕をなぞると玲が小さく喘ぎ、口を開けた。含ませると舌で包みように吸って舐られた。
さすがに叩いたり殴ったり蹴ったり、はたまた罵倒したり言葉責めにしたりはできなかったが、おれはこれまでの性行為では得たことがない異様な興奮を覚え、腰を振って硬くなった性器で喉奥を何度も突いて、精液を額から髪の毛にぶち撒けた。
それでおさまりきらないのを見たオヤジが玲の脚を開いて持ち上げて、促されるまま中に入った。
既に何度か犯されていたそこは熱帯びていて、奥の襞まで分け入ると先端を咥え込んで内部が畝り、濡れた音を立てて粘膜が吸いつき性器から精液を搾り取るかのように蠢いた。
オヤジはおれと玲が交わっている間、玲のまだ小さかった胸の突起を指の腹で転がしたり、亀頭と裏筋の間を甘揉みしたり、顔面に撒き散らした精液を指で掬って玲に舐めさせて、今自分がどんな立場で誰とセックスしているのか言い聞かせ、これらの行為が屈辱を与えるべく行なっていることを教えた。
玲はその事実に興奮し、成人男性とは思えない甘い喘ぎ声で鳴き、おれの名を呼んで深く刺すように求め、自ら腰を振って強請った。
おれが全身震わせて呻きながら中に放出すると、玲もそれに呼応するように中イキがキマって仰け反って声を上げながら体を震わせた。
女の子とは、最後まではしたことはないが、ガキの癖にマセた遊びはしていた。交際だってしたことはあった。
でも、いくらなんでも、こんなことしていない。
同世代の女子との恋愛やいちゃつきなんか、興味本位のお戯れ、或いはおままごとの延長のようなものだったことをおれはこの日知ってしまった。
社会的にはちゃんとした歳上の男でも誰かのメスになっていることがあるということ、傷や痣にフェチズムがあっておれはそれに該当することも知った。
そして、おれはその後、そういう相手や行為でないと本気で興奮できなくなったことを、徐々に他の人間と性的関係を持つ度にじわじわと自覚させられることになった。
玲じゃなきゃ勃たないというのは語弊がある。
でも、20年ほども追い求めて彷徨っても、そういう人間は玲しかいなかった。
恋なんかじゃない、こんなの、牢獄だ。
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