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【2020/05 牢獄】⑨ (*)

《第二週 木曜日 深夜》 ハルくんの部屋の最寄り駅の白金高輪駅まで公共交通機関で戻り、魚籃坂下まで歩き、合鍵で勝手に部屋に入った。 もともとはおれの部屋だったのだから、合鍵とはちょっと違うか。 治安がいい場所の古めかしい中古マンションなのでセキュリティは堅くはない。 あがると、てっきり家で一杯引っ掛けてグダグダしてるだろうと思ったら、いない。 何もしないと言ってもされるのがわかってるから逃げたかな。 見渡すと、泊まり込みも多い仕事をしているハルくんの部屋は結構雑で、ベッドの布団は捲ったまんま、常時クローゼットは開けっ放し、ゴミはゴミ袋を床に直置き、冷蔵庫は調味料以外なんにも入っていない有様だったりする。 おれが居た頃と殆ど変わらない状態のまま部屋を使っている。おれが置いていったゲーム機や本などもそのままとってあり、ホコリを被っている。忙しい割に身嗜みには煩い反面、他はどうでもいいといった感じだ。 着ていたものを脱いで落ちてたハンガーに掛けてクローゼットの扉に引っ掛けた。入れ替わりにクローゼットの中から寝るのに着てもよさそうなものを勝手に判断して引っ張り出して着替えて、ベッドで布団に包まって顔を埋めて潜り込む。 布団の中はハルくんがインナーにつけている香水とか、洗濯物に着いた香料の香りや、制汗剤や、年相応の汗や脂の匂いが混ざりあっている。 おれにはハルくんがいる。 改めて長谷を突き放さなければ。 彼の昇進や習得の妨げになってはいけない。 彼を好意を利用したり搾取してはいけない。 彼の気持ちを弄んで振り回してはいけない。 でも、体のいろんな痕をあんな目で見られて、挙句「風俗呼んだ」とか「抜いた」なんて言われて、更にあの話だ。もう完全に当てられてる。 いっそ誘惑してしまいたい、どんなふうに抱くのか試したい素の自分も居る。 ハルくん早く帰ってきてくれないかな。 ハルくんに長谷がおれに言ったこと話したら、おれも長谷としたいなんて言ったらなんて言うだろう。 こないだ不完全燃焼だったし、めちゃくちゃに罵って殴って抱いてリセットしてくれないかな。 布団を縁から巻き込むようにして脚の間に挟んで、角になったところも丸めて顔を押し付けて、布団に抱きつく。 本当はこうやって、普通に抱きついて甘えられたらいいのに、そんなことではおれは満たされなくて、それがハルくんを苦しめる。 わかってる。 布団の中に潜ってるうちにうたた寝したらしく、次に目が覚めたら目の前にハルくんの顔があった。 「あ、起きた」 「…え何時…いつ帰ってきたの」 現在2時3分、ちゃんとした食事がしたくて外で飲んでて、帰ってきてから20分ほど只々おれの寝顔を見ていたとのこと。 手には国産のお高いブレンデッドウイスキーとグラス、サイドテーブルには飴がけのアーモンドや一口サイズのチョコレート、キャンディ包装のレアチーズケーキなんかが置いてある。 「勝手に上がり込んで勝手に人のお気に入りの白いモコモコのパーカー着ていいご身分ですこと」 髪の毛を上からぐしゃぐしゃ掻き回して笑う。ああ、酔ってるなこりゃ。 「今日は何もしないって言うからおとなしく待ってたんじゃん」 「あれ、そんなこと言ったっけ…」 覚えてないんかい。 布団を強引に剥いで上から覆い被さり、パーカーの裾を捲って手を入れてくる。その手首を掴んで制止した。 「やめて、何もしないって言うから何も準備してない、汚れる」 ハルくんが真顔で起き上がり、ベッドを下りて部屋を出て行く。 「わかった、じゃあおれもシャワー浴びて寝る」 急いで後を追って下りて脱衣所前に回り込む。 「おれが先に入るから、待ってて」 「いいの?明日戻ったらまた長谷くんの指導でしょ?」 そうだけど、ハルくんが自分からしたがる事は割と珍しいから逃すのは嫌だ。しかもそういうときのハルくんはすごく執拗でやらしい。めちゃくちゃに甘やかしながらずっと絶え間なく責めてくる。 「いいよ、いいから待ってて」 洗面台のシンク下、通常なら洗剤やらシャンプーやらの在庫が入れてありそうなそこには、準備のための道具が一式置いてあるので取り出す。 自分で温度を調整して洗面台に熱めの湯を張り、洗浄用のシリンジやローションを湯煎して、温まるまでシャワーを浴びた。 支度の作業は嫌いじゃない。個人的な感覚だが吐いたり出したりすること自体に快楽がある。 (吐いたものや出したものを見せたり食ったり食わせたり塗りたくったりはもう何が楽しいのか全然わからないから決してそういう趣味はない) 只、体から余分なものを捨ててく感じのする行為全般が好きなんだと思う。 瘡蓋剥がしも、甘皮剥がしも、口腔内を咬んで血を吸い出すのも、リストカットも、自慰も同じ感覚なのかもしれない。何れも、なかなかやめられなかった。 何度目かの用便を終えて、出て行く水がきれいになったのを見るとなんとなく達成感すらある。 ローションを注入しに脱衣所に戻るとハルくんがいた。 「おいで」 シリンジを手に、おれを強引に風呂場に引っ張り込んで扉を閉めロックした。 ローションをシリンジから押し出しておれの腿の間に塗ると、そこに自分のものを差し入れる。 「脚、もうちょい閉じて」 おれの背中が直接冷えた壁に当たらないように腕を回してから体を寄せる。 熱い塊が腿の間を滑る。 熱っぽい息を吐く薄い柔らかい唇が、頬や耳元、首筋から鎖骨、肩を撫でていく。 「ハルくんキスして」 左手からシリンジが落ち、その濡れた手が脇腹から胸を探る。唇が近づいておれの唇に重なり、やさしく何度か吸って、舌でなぞった。 少し唇を開いて、少しざらついた厚みのある舌を誘い込む。 強い酒とビタースイートチョコレートの匂いが流れこんで噎せ返りそうになる。 上顎の粘膜、舌の脇や舌下を生き物のように舌が這う濡れた音と荒い呼吸の音だけが浴室に響く。 「ハルくん、挿れて」 「だめ、まだ」 一度屈んで床に落ちたシリンジを拾う。 自分で後ろに手を回して先端を差し込んで注入している間も、啄むようにキスは続いていた。 「髪の毛切らないの?」 「切りに行く時間がなくてさ、次の明けにでも行ければいいけどね」 半分ほど残るシリンジの中身を掌に出す。デコルテから腹部に塗り広げ、性器まで塗布した。 「触って」 胸のピアスを弄んでいた手を下へ滑らせ、血管の浮く下腹部から先端へ導くと、先端の鈴口に爪が当たり硬い金属の触れる音がした。 尿道口から下へ抜けるプリンスアルバートのフープは特製のもので、14Gのロングバーベルを曲げてサーキュラーバーベルにしたものだ。必要な径に合わせて太いものにするのは嫌だったのだ。 亀頭を横断するアンパラングのバーベルが中でクロスするようにして着けてある。 アンパラングと、乳頭のピアスは、おれがハルくんにせがんで開けさせたものだ。 ハルくんは開ける度「どうしてこんなことしなきゃいけないんだ」と泣いて怒った。おれは開けてくれないならもう会わないとかなんとか、ひどいことを言って用意した資材で無理矢理ピアッシングさせた。 ピアッシングのあと、局所麻酔が切れてきて痛みに酔うおれをハルくんは酒飲んで泣きながらめちゃくちゃに抱く。そんなことしたら、ほぼ只の刺し傷状態のホールからは血が溢れる。 おれはピアッシングしたあとそうやって感情が乱れきったハルくんとするセックスが好きだ。 でも、開けたい箇所と数には限りがあるので、そんなことは滅多にやれない。 肉体がある故に追求できる快楽と、不自由さへの不満が常におれの中でせめぎ合っている。 常に、どこかで自分を罰して貰いたがっている。 ハルくんのしたいようにさせて、おとなしく只甘えていればいいのに。素直になれない。すぐ意地の悪いこと言ってしまいそうになる。 おれの性器を弄ぶ手の動きが少しずつ激しくなり、サーキュラーのフープ部分とバーベルが中で当たって音を立てる。ピアスを入れていることで常に刺激を受けているそこは過敏に反応した。 脚の間にあるハルくんのものを内腿震えて締め付ける。そのまま性器に与えられた刺激で腰が動いてしまう。 「アキくんやらしい、そんなにほしいの?」 前髪を指で梳いて目を見て語りかけてくる。頷くと優しく笑った。 「ダメだよ、もっと焦れて」 「なんで?」 問い返すと「なんでじゃないでしょ、普段おれを怒らせたり困らせようとする仕返しくらいさせてよ」と額に額を寄せた。 一旦体を離し、シャワーヘッドを持ってカランを撚り、熱めのお湯をおれの体に当てながら、殴る蹴る等で痣になった部分を擦る。 「その前に上がったらまた薬塗っとこうね、先行って待ってて。 先に出されたので体を拭いて、拝借してたパーカーを羽織ってベッドに再び潜る。やや暫くしてバスタオル巻いただけの半裸のまま外用薬があれこれ入った箱を持ってハルくんが戻ってきた。 起き上がってパーカーを脱いで患部を見せる。 経皮消炎鎮痛剤によくある強い薄荷臭が嫌いで、膚が負け易いおれに合わせて、そういうものは使わず、輸入物のアーニカエキスのクリームにヘパリンクリームを混ぜて塗っていく。 「こんなことしなくても、もう自分のお金で食べていけてるしさ。おれだって居るのに、アキくんはなんでこんなこと…いつまで続けるの?」 ハルくんは、いつから、誰とどんな契約を結んで、おれが何をしているのか、何故こんなことを始めたのか、実のところ全部知っている。 征谷もおれがどういう事情でカネが必要なのか、おれの身に嘗て何が起きたのか、総て知っている。 昔の名前も、今の顔になるまでの変遷も。 ハルくんも同じで、二人とも知ってしまった故におれを手放すことができなくなっている面がある。 おれはある意味、それを盾に二人を利用して、搾取している。 実際のところ、カネのことはもうとっくにクリアできている。何も不足はない。 ハルくんがもっと冷静さ無くして容赦なくやってくれればいいんだけど、泣きはするけどカッとなったりはしないし、救急救命センターでバリバリ働ける「ピンチのときほどシャキッとする」ようなタイプの人間が取り乱す訳もない。 そうなるとやはり必要なのだ、契約が。 薬を片付けて、改めてハルくんがおれを抱き寄せてゆっくりと押し倒す。 唇が額の傷をやさしく慰撫して「愛してる」と囁く。 「本当はいつ誰と何をしてたっていいんだ、最初から全部赦してる、それが、アキくんが生きるため必要ならおれは耐えられる」 ほらまた、急にそんなかっこいいこと言っちゃって。だから意地悪したくなるんだ。 「じゃあなんで、長谷くんに牽制するようなこと言ったの?知りたいならやめとけって、意味深」 枕とバスタオルをおれの骨盤の下に入れて、体をうつ伏せに返して、脚を開かせる。 「それは、アキくんがあの子冷やかしてたからでしょ。自分で報告して来たくせに」 両の親指が尻の肉を開き、粘液が滲み出している窪みに熱っぽく硬くなった先端を当て、押入ってくる。 口を開いて繰り返しゆっくり息を吐いていくと、先端が狭まっていた入口を一気に抜けて中の過敏な部分を擦り上げた。 救命救急センター勤務で外科医だから体力半端なく使うし、当たり前なんだけど、実のところ、筋肉そのものを増やすようなことをしていないだけで、筋肉質なのでハルくんの体は地味に重い。その体がおれの中と継って、上から荷重を与えながらゆっくり動いている。 頭や頬や首筋を撫でて、涙目で何度も愛してるとか、生きてさえいたらそれでいいと言いながら、何度もキスをする。 素のハルくんの抱き方はやさしい。泣き出してしまうことも、何も変わってない。 おれがハルくんと出会ったのは中学に途中から入った頃。 おれは当時まだ回復途上で情緒に問題があり、かといって学習には問題がなく、特別支援の対象にもできない状態だったので保健室登校だった。 そこで、小学校後半から鬱状態で寝込み気味だったハルくんに出会った。 激しい躁鬱を抱えたおれは性依存症になっていて、処理できない混乱が生じると自慰をやめられなくなっていた。そのおれを咎める大人に「悪いことをしている訳じゃない」とハルくんは言って、庇ってくれた。 二人だけで過ごす時間が増えてキスやハグを繰り返すうち、14歳のある時をきっかけにハルくんはおれを抱くようになった。 うちの、藤川の両親は何も言わなかった。 大変だったのはハルくんのほうだった。 それまで世間に公表できない存在として扱われていたハルくんは突然親が再婚して、急に一緒に住む羽目になって、おれたちの関係がバレて会えなくなった。 そこからおれが医大に入り直して再会するまでの間、おれも荒んでいたがハルくんも荒れていた。 でも出会い直したらやはり、ハルくんはハルくんだった。 手が不自由になるまで腕を刺して切り刻んで、カネと快楽欲しさにヤクザの情婦やってボコボコにされているおれを抱いて「そうしなきゃ生きられないならそれでもいい、生きててほしい、もう何処にも行かないから」と泣いた。 それからずっと、ハルくんとは別れられずにいる。 絶対にいなくならない、何処にも行かないと言ってくれたことに、おれはずっと甘えている。 ハルくんとおれは、ずっと人目を偲んで、声を殺して、布団を被ったまましていた頃の癖で、そんな必要がない今もそうして交わってしまう。 互いの体の熱で暑いし汗もかく。代謝がいいハルくんの体からは汗が滴ってぐしゃぐしゃに濡れるけど、不思議と嫌じゃない。 ハルくんが冷静さを失って必死に腰を振る姿も、切な気な余裕がない表情になっていくのも、時々漏らす声も、艶かしくてたまらない。 抱えていた脚をハルくんの肩の上に上げて、更に首に手を回して引き寄せると、全体重がおれの上に乗って、先端が奥のコールラウシュ襞の中に入り込む。前立腺下の子宮小室から仙骨神経叢に至る領域を音を立てて抉られて、言語化できない感覚に支配されて声をあげた。 臍から下が不随意に痙攣して意思の力が及ばない。脳の奥が痺れる。 「いいよ、そのままおいで」 再び重ねた唇から舌が伸びて舌下を舐る。感覚の鈍い口角から唾液が零れ、首筋まで伝っていくそれを舌で掬うように舐めとって、そのまま甘咬みされて総毛立たんばかりの快楽が体を通り抜けた。 「ハルくん、もうだめ」 「だめじゃないでしょ」 ゆっくり、確実に意識を奪う場所に狙いを定めて、理性を掻き取るように責め立てる。その快楽を貪るためにだけ互いの体が動く。 無意識に、言語にならない声が繰り返し絞り出される。与えられる刺激以外もう何もわからない。 突如臍下の奥が強烈に痙攣して、全身の力が一気に抜けて、震えだけが残る。 多分その間、おれはハルくんにうわ言のように無意識に、何度も繰り返し告白していたのだろう。 「いいよ、嘘でもいい、おれも愛してる、もっとおいで」 耳元で呻くように言いながら、強くおれの手を握りしめて押さえつけて、ハルくんは全身を震わせおれの中で吐精した。 互いに脱力感で動けなくて、言葉も出なくて、暫くそのまま繰り返しキスして額を擦り付け合っていた。 本当は、ずっとこの時間が続けば。この状態を何も考えすに享受できたらいいのに。 概念とか思考とか理性とか倫理とか精神性とか聖性なんか知らない状態で二人きりいられたらいいのに。 互いにしかわからない獣の声で。 体という獣の言語で話して。

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