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【1989/05 Salvation】①
《第二週 月曜日》
その日は、とうとうおれの家が誰も大人が居ない状態になっていて、おれが給食で食事する以外殆ど何も食べていないこと、インフラがほぼ途絶した状態になって身の回りのこともできていないことがバレて、朝から職員室は大騒ぎになっていた。
養父母が保護者として機能していないのであれば児童相談所へ通告して保護が妥当だが、立場はどうあれ経済的には存分な余裕がある実の両親がいるのでそちらに話をすべきなのでは、などと、おれ本人はそっちのけで大人たちは話し合っていた。
それによって養父母が、実の親どもがどうなろうとおれの知ったことではない。こんな状態で今からまともに進学のための準備や勉強が間に合うとも思わないし、中学を出たら工業地帯や観光地にでも移住して住むとこが確保できるとこで働いたっていい。
一通りの生活習慣をこなせるようになる頃にはおれはすべて自分一人でそれらをやる羽目になっていたし、雨風凌いで寝起きできて、最低限必要なものを賄えて、食べていければ、あとはどうでもいい。やりたいことや夢や目標なんかもない。
たまたま生まれてきたから生きているだけだし、労力やカネをかけて死ぬのも面倒だから生きているだけだ。生まれてきたことや生きること自体に意味なんかない。エゴと本能的欲求から交尾が行われ、発生しただけに過ぎない。
誰が誰のことが好きだとか、そんな本能的欲求による承認願望や感情の高ぶりに自分もいつか振り回されるのかと思うと只々うんざりする。生活するだけなら自分一人で全うすればいいことを、面倒を背負って煩わされたくない。
希望があるとしたら、とにかく早く時間が過ぎ去って、どう暮らそうが干渉されないような年になってほしい。自分で身の回りのことができなくなったり、病気して働けなくなったりしたらもう、早く助からなくたっていい。
おれにとって、自分では何も稼ぐこともできず、助けを求める気力もないまま生きている今は、只管に虚しい。
養育を放棄されて悲しいとか憤るとか嘆くとか、そういう気持ちも最初は会った気がするけど、今はもうよくわからない。わからないけど、そのことで周りに騒がれる度にひどく疲れて、涙が止まらなかった。
この日も朝からずっと大人たちがそのことで騒がしくて、中には保健室に様子を見に来るような連中もいて、たまらなかった。苛立ちが押さえきれず語彙も荒くなり、自分を守ろうとしてくれている人にまで攻撃してしまいそうだった。
部屋の中から人の気配がなくなるなり、情けない気持ちになって涙が止まらなかった。ベッドに沈み、布団に埋もれて泣いた。
そこにいきなり、ベッドの下から人が出てきたのだ。
そして、涙を拭ってくれた。
驚いて涙が引っ込んでしまった。
「…誰?」
思わず呟くと、そいつは人差し指を口の前に立てて翳して「しー」とやったあと、ポケットからハンカチを出して渡してきた。渡し終えるとそのまま再びベッドの下にするりと消えてしまった。
まさか幽霊ではあるまいなと思い。思わず起き上がってベッドから降りてカーテンを開けたら、そいつは普通に立っていた。床を這いずったので膝の部分が白く汚れて、手のひらも煤けている。
「先生は?」
問いかけても小首をかしげて「わかんない」という顔をしている。喋れないんだろうか。たまに養護学校からどっかのクラスに来てる生徒か、特殊学級の子だろうか。初めて見る顔だ。
「突っ立ってないで座ればいいのに」
何気なく言ったら、パーテーションの奥からパイプ椅子を引っ張ってきておれの前に置いた。続けてもう一脚出してきて、向かいに置いてちょこんと座って、おれに手招きした。促されるまま差し向かいに座ると、そいつは辿々しい口調で話し始めた。
「あのね、アキくんね、今日初めて学校きた」
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