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【1988/05 Erwachen des Frühlings】⑤

「この箱に入ってるのって、警察から帰ってきたものなんだよね?警察はなんか言ってた?」 「やっぱりコレ見で疑って聴取はしたども、しっぽ出さねがったって。だから我々で面談して何かあやしい言質が取れたら連絡くれって、したら改めて取り調べるって」 治療にあたる自分たちに、事件の解決とアキくんの将来が委ねられているということか。そしてそのためにわたしを呼んだということか。 遡る途中、思春期早発の発症時からの検査結果の数値の遷移や成長曲線を記録したページがあり、それを示して伯母、いや、お母さんが姉に電話でアキくんの状態を説明したという記述があった。根拠を示してアキくんを渡す気はないと伝えたという。 そしてその少し更に前、お父さんの記述で衝撃的な内容があった。 アキくんからお父さんを性的に意識した接触が有り、お父さんは初めてアキくんに手を上げてしまい、それに因りアキくんはお父さんを避けるようになって食事をひとりで摂るようになったと。 更には、おそらく懐妊のきっかけになったであろう性交渉のあった夜、それをアキくんに見られたかも知れないという記述があった。懐妊の約3ヶ月ほど前の日付だ。 この時期、アキくんは急激に第二次性徴が進みその影響で心身ともにかなり不安定になっていたようで、もともとの特性と相俟ってひどく癇癪を起こして怒って泣き叫んだり、自分を傷つける行動が見られ緊急的に入院したことなども書かれていた。 そしてその根本にあるのがお父さんへの思慕であることが、読み進めると明らかになった。アキくんはお父さんに性的欲求を抱く恋をしていた。 それが許されざるものである現実は重く、アキくんには受け止めがたいことで、でも、両親が愛し合っていることは事実で、その事自体は十分に理解していた。勿論、お母さんの事はお母さんのことで大好きで、存分に可愛がられ、甘えさせてもらっていた。 アキくんは自分の気持ちに気づいてから、子供としての自分と、一個人としての自分の間で、ずっと心が引き裂かれそうだったのではないか。 お父さんはその気持を無下にしないよう気遣い、反面受け容れることは出来ないことを粘り強く説明し、なんとか説得しようとしていた様子が伺えた。だが、アキくんは特性上こだわりが強く、一度思い込むとそれが優先されてしまい、説明自体は理解は出来るのに受け容れることが難しかったのだろう。 何度もアキくんはどうしてお父さんのことが好きではいけないのか、どうして自分はお父さんの子に生まれてしまったのか問い質す発言をしていた。ご両親が第二子を設けようとした切掛が、アキくんを諦めさせるためだったのだとしたら、それはそれであまりに残酷だ。 「この子はいつからお父さんのことを意識するようになったんだろうね、時期的に思春期早発の進行とリンクしているような気がする」 「それはあるかもな。だども、偶々この子は学校さ行がねで居で、父さんも面倒良ぐ見でける人だがら父さんさ意識がいったってだけで、学校さ行ってたら行ってたで、男の先生とか同級生の男の子ば意識したかもしんねえな」 ふと、わたしはその時、訊いてみたかったが付き合っていた頃訊けなかったことを訊いてみた。 「田川は、いつ自分がそういう、男でもいける人間だって気がついた?」 「そんなの、出会った後だ。フジだからいけたんであって、他の男はおれぁ興味ない」 目を伏せたまま、田川は笑った。 「しかもおれぁ結局、周りの圧力さ負けで逃げた。もうフジの事ば惜しむ資格もねぇ」 そんなことはない、今から惜しんでくれたっていい。けど、そんな事も言えない。 肉体の欲求がない故にわたしは彼に随分と我慢を強いた。にもかかわらずこの人はわたしを愛してくれた。そして思い出して頼ってくれた。それ以上何を望むというのか。

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