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【2020/05 野火】⑯

おれの分だけお膳を用意して、斜め向かいの椅子に座ると「お先にどうぞ」と言った。 「召し上がらないんですか?」 「今は同じ食器から同時に物をとって食べるのも、食べながら話すのも衛生上危ないから、わたしは長谷くんが食べ終わってからでいいの、もてなす側だし」 ご飯は茎わかめと栗が炊き込んであり、三つ葉が添えて白ごまがかかってて、昆布出汁と胡麻のいい香りがする。 鍋の中身は小さい土鍋に移して保温プレートに置いてくれた。中は具沢山のスープだ。絹ごし豆腐と鶏団子に卵、アサリに牡蠣、牛蒡人参大根といった根菜、葱に韮、ほうれん草にもやしにキノコ類。 冷蔵庫から持ってきた麦茶を注ぎながら、薬味や調味料で好きに味変して食べていいと言われた。上着を脱いで隣の席の背凭れに掛けてから、いただきますと挨拶して、箸を手にする。 甘しょっぱいご飯と、いろんな具材から出汁が出ているスープがおいしい。おいしくて暫くは言葉もないくらい夢中で食べた。ご飯を追加で茶碗の半分ほど貰い、食べ終わえて一息ついたところ、タイミングを見計らって声をかけてきた。 「ねえ、さっきの、このお菓子の話、してもいい?」 このクッキーには思い出があるという。 それは、大石先生から酒の席で聞いた話にも関連する内容だった。藤川家に迎えられてから初めて近所の中学校に登校して、大石先生と出会った頃、お腹を空かせていた大石先生にラムネ菓子とこの焼き菓子と、麦茶の入った水筒を出して振る舞ったという話だ。 その時の焼き菓子というのが、このミルクチョコレートが挟まった薄いクッキーだった。しかも話を聞いているときは数枚程度、何かに挟んで鞄のポケットなどに隠し持って言ってたのかと思っていた。なんと、1缶まるごと学校に持って行ってたのだという。 「このお菓子、わたしも英一郎さんも大好きで、まだ開けたばかりだったんだけど、アキくん見つけた途端何も言わずさっさと自分の部屋に持ってっちゃって…たまに1枚ずつこっそり持ってきて、両手で隠すように持って、部屋の端っこでもしゃもしゃって、リスみたいに食べてて…」 その時の様子を思い出しているのか、お母さんは顔を覆って声に出せないくらい笑っている。ひとしきり笑って、涙を拭ってから顔を上げて、再び顔を上げて話す。 「ふふ、でね、そんな子がよ?いきなり学校からお友達連れて帰ってきて、しかもその子…ハルくんから、アキくんにお菓子もらったなんて聞いて、わたし本当にびっくりしたの。それまで人に対してなにか気遣って分け与えたり、そんなこと、したことなかったんだもの」 「…え、そうなんですか?」 おれは、その時カフェテリアでモーニングについていた肉類を先生が食べていいと分けてくれたときのことを思い出した。単純に食べられないだけだったら、おれに譲らないで避けるだけになってたかもしれない。 「それどころかね、当時のアキくんは、大人のはなしに割り込んで意見したり、失礼なことも平気で言っちゃうし、人にすぐ○○して!〇〇って言って!と強請るし、ちょっと傲慢に見える子だったと思うの。だから、外の世界に出たことで再び心は成長できるんだってことを実感した出来事だったの」

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