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【1997/05 L'amour sans les gens】③
せっかくの旅の最後の夜、気まずいままぼくらは会話もなく淡々と支度をして眠りについた。
その夜、いつ頃だったか定かではないが、アキくんはぼくの布団に潜り込んできてぼくに抱きついた。ぼくは泣いているアキくんを抱き寄せて、何度も何度も頭をなでた。
やがてアキくんの顔が近づいて、ぼくに口づけたが、ぼくは拒まなかった。小さい薄い唇や頬は涙に濡れて、気化されて冷えていた。
横臥して寄せ合っていた身体を返し、アキくんから離れようとしたとき、アキくんの腕が伸びてぼくの首に絡みついた。
もう引き返すことはできなかった。
これが最初で最後。
この夜が明けたら、アキくんはぼくへの気持ちを殺してずっと生きていくのだ。そう思ったら、してあげられることは他にそうなかった。
ぼくは妻にそうしたのと同じように、如何に自分にとって大切か、愛しているか語りかけ、華奢な身体に指を這わせ、口づけた。そして、病院の帰り妻に内緒でファストフードの買い食いをしたときのように、このことは一生、ふたりだけの秘密だと約束し、指切りをした。
小指をつないだままぼくらは眠りにおち、朝を迎えた。目を覚ましたぼくたちはもう、それまでのようには思うように見つめ合い言葉を交わすことはできなかった。街に近づくに連れ混み合っていく車内で肩を寄せ合いながら会話らしい会話もせず帰路についた。
しかし、帰宅するなり妻に抱きついて甘え、土産物を手渡して旅の思い出を語るアキくんはいつものアキくんだった。でも、アキくんはもう、ぼくには直接甘えたり物理的に接触したりしなくなっていた。
自分で洗うのもまだまだ苦手なのにお風呂にひとりで入ると言い、病院にもひとりで行くと言い、付き添いを断るようになった。その態度の変化や、自立しようとする様に、妻も気づいていた。
だがそれ以前に、帰宅してすぐアキくんを抱き締めて頭をなでたとき、僅かな腫れ程度だったが瘤ができていたことに妻は気がついていた。ぼくは少し日が経ってから、アキくんがいないタイミングでそのことで詰問された。已むを得ず、あの夜交わされた会話と、起きてしまったことを正直に答えた。
しかし、あのことは話さなかった。ふたりだけの秘密だと約束したからだ。
その約束を破ってしまったら、いよいよぼくとアキくんの関係は、本当に壊れて荒廃してしまうだろうことは明らかだったからだ。
ぼくは妻にもアキくんにも不誠実なまま、心の中に澱を仕舞い込んだまま日々を過ごした。
そして、しばらくが過ぎて、あの日の朝を迎えた。
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