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【2020/05 深度と濃度Ⅱ】⑩

《第3週 日曜日 朝》 おれは先生の手を握ったまま魘されてずっとムニャムニャ寝言を言っていたらしく、おれより眠りが浅い先生を起こしてしまっていたのだ。それを知ってしょげていると、先生はおれを抱きしめて動物でも愛でるように頭を撫でたおした。 顔を洗って歯を磨いて、着替えて、昨日の残り物を食べながらテレビを観る。もう発砲事件のことは報道されていないようだ。しかしスマートフォンで検索サイトを開いてSNS内を関連ワードを入力して検索すると、やはりまだ話題にはなっているようだ。 中には在校生と思われる書き込みがあったり、学校職員か、組関係の人かわからないが(捜査関係者は流石にいないだろうと信じたいが)事情を知ると思われる者、この件に関わっている人物の名前を出して書き込んでいる者もいる。 「先生、やっぱほとぼりが冷めるまで色々大変かもですね」 画面を見せると先生は横目でチラ見しながら「ま、しょうがないよね」とだけ言って、スマートフォンで誰かとメッセージを遣り取りしながらシェーカーでプロテインを混ぜている。 先生は週明けから何かあれば対応はするけど基本的に自宅謹慎に近い状態だ。なのでおれには引越荷物はいつ送ってきてもいいと言ってくれた。しかし署での勤務が始まったら24時間勤務、明けて、休みを挟んでまた24時間という流れなので、送るのは少し先になる。 今日早めに一旦自宅に戻って寝て起きて、勤務して戻って寝て、その次の日が直近の発送できる日になりそうだ。おれは家具家電付きの物件に住んでいて所持品は少ないのでダンボール数箱で片付く。日時指定して、引越便とかではなく普通の宅配で送ることを伝えた。 先生は食事はプロテインとサプリメントだけでいいと言ってさっさと済ませて部屋を片付けに行ってしまった。おれは引き続きテレビを流したまま残り物を摘む。政治の話題が続いていたので、おれはスマートフォンをいじりながら聞き流していた。 すると急にスタジオ内がバタバタし始め、「今入ったニュースです」とアナウンサーが横から渡された原稿を読み始めた。 江東区有明の路上で発砲事件があり、撃ち合いになった模様。負傷者が出ているとの情報もあるが現在詳しい状況は不明。撃ち返した側は自ら通報し救急車を要請、到着した警察官に身柄確保されたが、最初に狙撃した側は逃走している模様。近隣の住民には外出を控えるよう注意を呼びかけているという内容だった。 なんとなく、嫌な予感がした。 こないだの大学構内での発砲事件、そしてそれから間もなく起きたこの出来事が、何の関係もないとは思えなかった。 もし、先生と繋がりがある人がこの事件に絡んでいたら、捜査線上に再び先生の名前が上がることになる。そうなれば、今度こそまずいのでは。 スマートフォンでニュースを検索すると、速報として様々なニュースサイトに既に情報が上がっているが、サイトによって情報の取得状況に差がある。それぞれブラウザのタブで開いて順繰りに更新をかけて進捗を見守る。 やがて、大手検索エンジンのトップページに1名死亡、2名負傷うち1名は重体と表示された。そして、別の新聞社のページには死亡者の名前が出た。その画面を表示した状態で先生がいる部屋に向かい、扉を開けた。 「先生、あの」 声をかけたとき、先生はスマートフォンを持って床に座り込んで固まっていた。 まるで、深夜に見たときと同じような凍りついた表情で。

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