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【2020/05 潜伏】①
《第4週 水曜日 朝》
クローゼットの前で準備を進めていると、メールで滞在先となる宿と、航空券のバーコードや利用する便の情報が送られてきた。
今夜の夜の便で向かって宿で小林さんと落ち合い、明日の朝から作業に入る。二次災害の危険がないところに安置されているので、集められた解剖医と歯科医で鑑別を行い、立ち会いの警察官が検案書を作成する。そして清拭や整容面の調整を行なった上でご遺族に最終確認していただいて返還するのが通常の流れだ。
ああそうだ、先ずこの件は先輩には言っておかないと。湾岸署にも先輩から伝えておいてもらおう。南やハルくんとお母さんには緒方先生がうまく言ってくれるだろう。長谷からはまだ返事がない、既読にもならない。飯野さんにとりあえず長谷の事お願いしておこう。それと、由美子さんとユカちゃんには現地着いてからでいいか。伝えておいて、ふみには連絡があったら言伝してもらおう。後は大丈夫かな。
LINEで連絡をすると、先輩は快く引き受けてくれた。そして、遊びに行くわけじゃないから土産はいらない、とにかく無理はしないこと、食べられるものだけでいいから食事は摂ること、終わったら面倒でも風呂に入ること、夜ふかししないできちんと眠ること等、林間学校に出かける子供にでも言い聞かせるように諭してきたので笑ってしまう。
「ジェネリックお父さんは伊達じゃないですね」
そう送ると「まあ実際おれは子供いるからな。戻ってきたらお父さんにしてほしかったこと、またしてやるよ」と返ってきた。でも、おれはなんだか今の時点ではそういう気分になれなかった。長谷のことが胸の奥で引っかかっている。返信はしなかった。
大まかに荷物を分別整理したところでフロントに電話して、宅配会社のダンボール箱を購入したいことを伝えて持ってきてもらい大きめの箱を選んでに全部強引に詰め込んだ。空港まではタクシーだし、乗るときには預けてしまうし問題ないだろう。わざわざ自宅にあるのにここで新たにカートとかスーツケースを買うのも勿体ない。空港併設のホテルのショートステイを予約すれば保安検査までそこで過ごせば箱を持ったままウロウロしなくて済む。
一旦ベッドに戻りスマートフォンでタクシーでの空港までの所要時間を確認し、予約を入れて一息ついた。あとは身支度してチェックアウトするまで特にすることもない。暇つぶしに何度眺めても長谷に送ったメッセージは既読にならないし返信は来ない。
思えば、おれが今までこんなに相手の反応に気を揉んだことがあっただろうか。多分おそらくない。正直こんな、ちょっと仕事で連絡がつかない程度のことで落ち着きを失っている自分に戸惑っている。こんな状態だったら尚更、今は東京を離れておくのが正解なのかもしれない。
とりあえず時間が有り余っているし、現地についたらいくら宿があると言っても落ち着いて休める保証は今までの経験上ないので、もう一度シャワーでも浴びて念入りに歯磨きと顔の手入れはしておくことにした。すべて終えて着替えたらチェックアウトに丁度いいくらいの時間になっているはずだ。
風呂場でスクラブを脱いだとき気がついた。
「あ、これのこと忘れてた…入るかな…」
あとで一旦開封して押し込むしかない。思わず笑ってしまったけど、本当に動揺しすぎだ。戻ってきたら嫌味の一つでも言ってやらないと。
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