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【2020/05 in nest】⑨

 …まあ、今はいいか。  「今日はこれからどうするの」  「いやぁ、通勤ルートでバス使えるって知らなかったんでそのバス使って帰ってみます。あと、オンラインでできるらしいんで郵便の転送届は先に出しておきます」  そう言うと先生は「退去日決まったら引越し関連は南に頼むから住所教えて」と言ったので、前の物件の住所を伝えた。 「じゃあ、帰り気をつけて。高輪口から出て国道一号渡ったとこに新宿駅西口行きのバス乗れる乗り場あるから」 「…何から何まですみません…」  おれが返信しても、その後は既読がつかなかった。  先生は先生で大変なんだろう。戻れたには戻れたけど、たくさん頭下げて回る羽目になっているはずだ。  おれは駅を出て先生に教わったバスの乗り場を目指した。 《第5週 水曜日 午後》 「先生の同棲相手の引っ越しまで手伝わされるのは正直不本意ですよ。契約外業務なので加算を要求します」  南は手元のノートにやることリストを書き出しながら眉間に皺を寄せている。 「そりゃ勿論どうぞ。長谷を守るための費用だと思っておれの財布から出す。言い値でいいよ」  そう言うと「当然ですよ」と溜息をついた。  でもすぐに「でも、先生がそういう人だとは知りませんでしたね」と表情を緩めた。 「そういう人って何よ」 「仕事を盾に裏バイトを堂々と断ったり、親の見舞いサボったりしてたような人がこんなにプライベート優先するなんて」  南は顔を上げて、ニヤニヤしてこちらを見ている。 「なんだよいいじゃん、仕事が2つも減ったんだから」 「いや、そういうことじゃないんですけどね」  何を言わんとしているかわからず、おれが首を傾げていると「前期のうち、優明のことも進めたいのでお願いしますね」と言った。 「わかってるよぉ。あーあ、仕事は減ったのに用事は増えるばっかりだ」  座ってた椅子を戻して部屋を出る。そしてそのまま隣の自分の部屋に戻る。  久しぶりに施錠を解除して中に入ると埃っぽさを感じた。実際、テーブルの上は薄っすらと白く見え、空間に陽の光を反射した塵が舞って見える。  窓を全開にすると、一気に外から風が流れ込みレースのカーテンが翻った。  不在の間に傷んでしまったであろう飲み物を冷蔵庫から出して捨てに行ったり、埃を払って掃除機をかけたり、粘着テープをソファや椅子に転がしたり、とりあえず掃除をした。  冷蔵庫の上の小さい戸棚や仕事机にあった薬も整理した。  そういや、長谷が来てから頓服を飲む機会が減った。思えば食べることも増えた気がする。  少なからず自分の中で何かが変わってきている。  おれは資料用の段ボールを組み立てて、カフェテーブルの棚にあった業務に関係ないあれこれを片付けて布ガムテープで封をして構内のコンビニに持っていき自宅に配送するよう依頼した。  そして戻って、直人さんが一度だけ此処に来た時忘れていった、まだ半分残っているタバコを見返さないよう反故紙に包んで捨てた。  一通り掃除を終えて、おれは窓を閉めてから仕事机に向かい定時までそのまま黙々と公演用の資料を整理して、話す内容の概要をまとめた。  部屋を出て再び施錠してから隣に寄る。  いつもならノックすると返事があるが、反応がない。 「南、いる?」  そっと音を立てないように扉を開いて覗き込むと、机に突っ伏して眠っていた。  おれが居ない間、おれの代わりに対応したり事務処理したり、これまでのデータ使って授業したり、なんだかんだと普段の数倍忙しい思いをしてただろうし仕方ない。  音を立てないよう扉を閉じて、おれはフロアを後にした。

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