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第2話

 とりあえず、学校を後にする前に、荷物や道具それから収穫されたキュウリを持って園芸部の部室に立ち寄った。  部室には肥料やスコップが置いてありそれなりに広い部屋だ。横長テーブルや椅子がしつらえられ、それを超えた奥には、誰が持ち込んだのか二人掛けのソファーがあった。壁際にはロッカーと棚、小さな冷蔵庫とガスコンロまでが見える。雑然としながらもリラックスできる空間だった。なぜか神棚が据えられていてその下の棚にキュウリをお供えする。 「へえ、ホントに園芸部なんかあったんだな」  感心して言うのにむくれた声が返って来た。 「君、本当に失礼だな」 「すまん。いや、すいません」  今日何回頭を下げたんだと思い返しながら謝る。 「いいんだよ。どうせ弱小だし。部員も僕一人しかいないんだから……」 「え、一人しかいないのか」 「……うん」  気落ちした声で言って悲し気に眼を伏せる。 「それってつぶれる寸前じゃあ」  どうして俺はいつも一言多いのだろう。また怒られるかと身構えたが、もう怒る気力もないようだった。  それでも。 「つぶさないよ。今は猶予期間で、部員が三人集まれば継続出来るんだから」  声には強い意志が感じられた。 「園芸って楽しいんだ。やってみればきっと分かってもらえる。僕だって、二学期からはもっと勧誘に力を入れるよ」  顔はぽよんとしたままだが、黒い瞳は思いのほか鋭く、熱意と真剣さとが伝わってきた。  人の真剣さを茶化すつもりはない。励ましたくなった。 「そっか、新入部員入るといいな」 「うん。絶対園芸部を存続させるんだ。でないと卒業した先輩たちに顔向けできないもの」 「頑張れよ。ビラ配りくらいなら付き合うぜ」  俺の応援する声を驚いた顔が受け止める。 「ありがとう」  そして花が開くように可憐な笑顔を見せた。  切ないほど綺麗で無垢な笑顔は、俺の心の奥深くに滑り込んで来る。  胸にモヤモヤとしたものが沸き上がった。  なんだ、これ。  この感情。 「君、けっこういい人だね」  眩しい。  俺は眼を細めていた。  これはまるで天使の笑顔だ。  イタリアの教会の天井画をまざまざと思い描く。  宙を飛ぶ天使。笛を吹く天使。矢を構える天使。  ぽってりとした体形も相まって、彼はそういう特別で聖なる存在にさえ思えるのだった。 「いや、俺、別にそんないい奴じゃないし」  恐縮する俺に笑顔を向けたままキュウリを三本差し出してくる。 「これ、もらって」 「いいのか」 「新鮮なうちに食べてね」 「ああ。悪いな。どうもありがとう」  だいぶタイプの違う俺たちだったが、キュウリを間にしてどうやら歩み寄ることが出来たみたいだった。

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