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第3話

 目がよく見えない人間をサポートするのはなかなか大変だ。とくに混んでいる駅のホームや階段は危なっかしい。  俺の肘を後ろからつまんで歩いていたが、もっとしっかり掴めと命じる。 「ごめん。こんなに誰かと触れ合ったことないから……」  戸惑いが声を震わせていた。  女の子みたいなかわいい返事に俺も戸惑う。 「俺、怖いか」  気になって聞いてみた。 「大柄だし態度が乱暴だとは言われるから嫌われることもあるけど、悪い奴じゃないぜ」 「うん、分かってる。送ってくれてるんだからいい人だよ」 「あ、すまん。敬語。『悪い奴じゃないです』だ」  言い直したのをくすりと笑われた。 「もういいよ。無理して敬語使わなくても。僕、どうせ子供っぽいし。君のほうが年上みたいに堂々として、しっかりしてそうだし」  さらに『頼りになるし……』と続けられていい気分になる。  俺はちょっと考えた。 「名前なんていうんだ。なんて呼んだらいい?」 「……笑わないでよ。諸永。諸永利休(もろながりきゅう)って言うんだ」 「……すげぇ渋い名前だな」  名前の由来は千利休か。園芸もいいが、茶道部でもいいんじゃないか。 「君こそなんて名前なんだよ」 「那須太威知」 「へえ。どんな字書くの?」  どうにも強い印象の字面について説明すると妙に感心された。 「すごいね。男らしくてたくましい名前でうらやましいな。取り敢えず那須くんって呼んでいいかな」 「じゃあ俺、利休先輩って呼んでいいっすか」  そんな会話を交わしているうちに電車がホームに入って来る。電車とホームの間の隙間を気にしながら、俺はしっかりと先輩をエスコートした。  利休先輩の家は学校の最寄り駅から一駅だった。さらに家までは徒歩五分ほどだそうだ。 俺だったら家から学校までチャリか歩きだな。  駅を出て、まだ明るい日差しの中、静かな住宅街をふたり並んで家路をたどる。  男同士で寄り添ってるんだから相当仲の良い風情だよな。けど、嫌な感じも暑苦しい感じもしない。こういうのなんか不思議だ。 「那須くんは家はどっちのほうなの。送ってもらったけど、方向違いだったら悪かったね」 「ひとつ隣の駅だから問題ないっす」 「そうか。ありがとうね」 「いや、俺が眼鏡破壊したから。ホントすいません。ちゃんと弁償します」 「落ちたところが柔らかい土の上だったでしょ。レンズ、割れたりひびが入ったりはしてなかったんだよね。枠にレンズを嵌め直すだけだったらたいしたお金かからないと思うよ」 「だといいんだけど」  申し訳なさとほっとしたのとで俺は曖昧に笑う。 「あんまり気にしないで。大体ぼーとしててボール避けられなかった僕が鈍いんだから。よく鈍くさいって言われて来たけど、ほんとにその通りだよ」  いじいじと言って子供のように親指の爪を噛んだ。なんだそのかわいい仕草は。 「僕、本当にダメだなぁ」  そこで自虐ですかぁ。  俺は鼻息を荒くして否定する。 「いやいやいや、先輩は全然悪くないっす」 「でも……」 「そんな風に考えないでください。どう考えても俺のほうが悪い。ホントに今度何か手伝いますから、金も時間も好きに命じてください」 「じゃあ園芸部に入ってよ」 「え、園芸部」  さすがにびっくりして声が裏返った。  この俺が園芸部?  スポーツにはまだ馴染みがあるが、繊細なことやコツコツ単調なことには向いてないぞ。  まったく似合わない感じだった。  けど、俺の心にあった引っ掛かりを利休先輩の言葉が刺激したのも確かだ。  今日先輩と出会うことになった原因。それは、俺のノーコントロールだった。威力は半端ないがあらぬ方向にばかり飛ぶボールには、自分でもがっかりしている。  このままじゃレギュラーなんて夢の夢。何年も続けて来たけど、俺は自分のサッカーの才能に限界を感じていたのだ。  特に高校に入ってからは、特待生たちに圧倒されて自分の能力のなさに愕然とすることが多かった。  努力じゃ才能に敵わないのだろうか。いや、そんなこと決めつけられない。俺は頑張って来た。決して手を抜かなかった。それは間違いない。誇れることだ。  だけど。  悔しいが潮時なのかもしれないと、心の奥でちょうど思っているところだったのだ。  だからと言って、簡単にキュウリの世話に切り替える訳にもいかない。  そんな俺の沈黙をどういう逡巡と捉えたのか、利休先輩はすぐに言い直した。 「うそ。ごめんね。脅迫するみたいなこと言って。君はなにか運動部に入ってるんでしょ。やっぱりサッカー部?僕が言ったのはほんの冗談だから忘れてね」  立ち止まり足元に顔を向けている。  とても寂しそうな姿だった。  どうにかしてあげたい。  その肩を抱いて慰めたい。 「先輩……」 「あ、そこがうちだよ。送ってくれてありがとう。お茶していってよ」  気を取り直し健気に明るい声を作る。 「いや、そういう訳には」  遠慮する俺の横で、利休先輩は不自由そうに学生カバンの中から鍵を探していた。 「僕、君の顔しっかり見たいんだ。眼鏡取ってくるからリビングで待っててよ」  そう言われればなかなか断りづらい。 「うち共働きで今の時間に親はいないから、気兼ねしないでね」  そしておずおずと手を差し伸べて来た。目測を誤り宙を探る指。俺のほうから思わず位置を合わせる。指先と指先が触れ合う。  帰らないでと人差し指を掴む柔らかな指。それに力がこもり、俺の足は動かなくなった。 幼い雰囲気通りにおねだり上手だ。 「邪魔していいのか」 「お願いするよ。寄って行って」  俺は誘われるままに家に招かれる。  そして、予備の眼鏡をかけた利休先輩にお菓子と紅茶でもてなされることになったのだ。

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