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第4話
擦りむいた手のひらには絆創膏が張られている。
「頭のほうは痛くないっすか」
「ちょっとね。でも冷やしてるから大丈夫だよ」
保冷剤を鼻と頭に当てて鷹揚に笑った。
なにを話していいか分からず、行儀が悪いと分かっていながら室内に視線がキョロキョロと向く。
部屋の壁は薄いマーブル模様で上品なトーンだ。調度品も重々しく良いものだと知れる。
テーブルには生花が飾られ、壁には風景画が掛けられていた。
センスがいい。
先輩はこの清潔で綺麗な家でいい子に育てられたのだろう。あまり人を疑わなさそうで性格もよさそうに感じていた。
訳の分かんない後輩を、自分に怪我をさせた人間を、そんな簡単に家に上げたりして、気やすいというか無防備というか……。
けんかっ早くて無闇に敵を作りやすい俺からしたら、そのまっさらでまっすぐな人となりはうらやましい気もした。
「お茶、美味しいっす」
「そう?良かった」
眼鏡越しの瞳が優しい。
俺は言っていた。
「先輩、眼鏡じゃないほうがいいですよ」
「そうかな」
「コンタクトにしたらかわいいのに」
「かわいいって……」
利休先輩は絶句した。
困ったように視線を揺らし口元を手で押さえる。もごもごと言った。
「君って思いもよらないこと言うね」
「すいません」
「謝らなくていいよ。ちょっと……うれしかったし……」
はにかむ顔がまたかわいい。そう思ってから狼狽した。
相手は男だって言うのにかわいいだなんて。
俺はどうしちまったんだ。
微妙な沈黙が落ちる。
「あ、俺そろそろ失礼します」
間が持たず、俺は勢いよく立ち上がっていた。焦った俺の申し出に先輩も焦ったように立ち上がって応える。
「そ、そうだね」
「二学期になったら部員募集のビラ配りつきあいますから、こき使ってください」
「ありがとう。助かるよ」
「夏休み中も学校に顔出してるんですか」
「うん。たいていね。野菜の世話があるからね。雨の日は休むけど」
そうか。一生懸命やってるんだな。一人でえらいな。
俺は、相手が年上だというのも忘れて頭を撫でてやりたくなっていた。
「頑張ってくださいね。キュウリありがとうございました」
背筋を真っ直ぐ伸ばしてから頭を深々と下げる。
「また収穫したら分けてあげるよ」
利休先輩は他意のないキラキラした笑顔を俺に向けてくれた。
それはまさにエンジェルビーム。
ああ、癒し効果満点だ。
「よかったら、園芸部にたまに顔を出してくれるとうれしいな」
おずおずと申し出た先輩の頭を、無意識のうちに俺はポンポンと撫でていた。
俺は身長182センチ。先輩は155センチ位のミニサイズだ。背の高さが違いすぎるので、俺からしたら先輩のつむじが見える感じだった。
「那須くん…?」
子供扱いだと怒られるかと思ったら意外にも気にしてない。そういう扱いに慣れているのかもしれなかった。
「先輩、一人で頑張りすぎないでくださいね」
「え」
「それに一人って寂しいじゃないですか」
「………」
慮る俺の台詞に、先輩は息を飲み眼を大きく見開いている。
「那須くん」
「いや、なんか。一人の部活って大変だなって思って」
会ったばかりなのに気になって思いやりの言葉がついて出る。妙に肩入れしているのが自分でも意外だ。
利休先輩は感謝するように眼を潤ませた。そしてそれを隠すために顔を背ける。
「早く部員見つけなきゃね」
押し出したその声はまるで泣いているみたいだった。
「先輩」
「僕……頑張るよ」
唇を噛みしめながらも必死の笑みを浮かべる。その健気で神々しい表情は、高貴な金色の矢となって俺の胸の真ん中を貫いたのだ。
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