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第7話

 現実の光景とは思えない。  利休先輩のあられもない姿。  絶対童貞に違いないくせになんだこの淫靡さは。  なんだこの不埒な振る舞いは。  目の前の超絶いやらしい光景に俺の身体の中心が熱くなる。  息が乱れた。  胸もドキドキだ。 「利休先輩……」  名前を呼んだつもりだったがそれは乾いた口の中だけで、実際には声にもなっていなかったようだ。 「ん、あっ、あ………んん」  先輩は俺に気づかず、猫のようにしなやかに四つん這いのまま小刻みに身体を動かし、艶めかしい声を上げ続けている。  卑猥な腰のくねり。  顔をうつ伏せて左手は股間に、右手は尻に、まわっていた。  キュウリを握った右手はゆっくりもぞもぞと動いている。  夢中になっているのか、甘く気持ちよさそうな声が漏れていた。  昨日は可憐な天使だと思った存在が、今日は世にも淫乱な風情で、俺は度肝を抜かれている。  こんな姿見せられたら欲情しちまうだろ。勃起しちまうだろ。二度惚れしちまうだろ。  俺はハッとなって引き戸を後ろ手に閉めた。こんなところ誰かに見られたら大変だ。  ごくりと唾を飲み込む。  すげぇ興奮してる。やばい。やばい。やばい。やばい。  震える手がすべってコンビニのビニール袋を取り落とす。  思ったより派手な落下音に首をすくめた。 「え」  利休先輩の顔が上がる。先輩は俺を目視し眼を真ん丸にさせた。 「えええ!那須くん?なんで」  驚きのあまりキュウリがぶるんと震えた。  ダイレクトに欲望を刺激する猥褻な光景の中、肩を浮かせた先輩の顔には羞恥と悲壮感とが沸き上がっている。 「いやだ、見ないで」  うずくまる身体からキュウリが抜け落ちた。  コトンと音を立ててそれは床に転がり落ちる。  ご丁寧にもコンドームを被せられている様子が物悲しかった。 「どうして君が……。僕…こんなで、こんな………恥ずかしい!」  パニクって混乱している。 「お願い見ないでっ」  そして自分の身体をかき抱くと、真っ赤な顔で悲痛な悲鳴を上げた。 「軽蔑しないでぇ……!」  泣きじゃくる先輩に俺は駆け寄る。  暴れる身体を抱きしめた。 「利休先輩」 「やだ、触んないでっ」  無茶苦茶に暴れるのを、抱きしめることで押さえこむ。俺の体格なら小柄な利休先輩を抑えつけるのは容易だった。 「僕おかしいんだ。だからダメ。触ったらダメ」  強く拒否されたがめげずに無理やり抱きしめる。 「落ち着いて、先輩」 「呆れたでしょう。こんな恥ずかしい真似して……。僕はなんてダメな人間なんだ。もう、やだ。恥ずかしくて死んじゃいたい」  死なれちゃ困る。俺はさらに強く抱きしめていた。  利休先輩は俺の腕の中でしゃくり上げている。  俺は安心させるために先輩の背中を撫でた。優しく、慈しみ深く……怖がらせないようにそっと。 「こんな僕だけど……軽蔑……しないでくれる……?」  今にも憤死しそうな様子に俺は激しく首を縦に振った。  あっさり死なれちゃ困るのだ。せっかく心惹かれた相手なのだから。これから二人で熱々恋人ライフを満喫する予定なのだから。  まだ先輩の気持ち確かめてないけど……。 「軽蔑なんてしませんよ。俺、先輩のこと好きになったから、ちょっとやそっとじゃ呆れたり軽蔑したりしません」  どさくさ紛れに好きだと告白していたが、混乱している先輩にはまったくスルーされてしまった。  俺の胸に頬を押し付けたまま泣いている。抵抗がなくなったのを確認してから俺は腕の力を緩めた。  俺の、先輩を好きだという熱い思いはいったいどこに流されたのだろう。今は緊急事態なのだから仕方ないと言い聞かせても、さすがにむなしい気持ちになる。 「利休先輩、泣かないでください」  俺は先輩の頭を何度も何度も撫でた。怪我をした子供を癒すかのように何度も。  そして顔色を伺いながら問いかけていた。 「でも、その、なんで……。その……。なんでこういう事するようになったんすか」 「………」  涙の伝う頬をぬぐって、利休先輩はつっかえながら話し始める。 「だって……、だって、ひっく……。僕はいつも一人……だから。誰も僕なんか………相手にしてくれないから……」  だからってなんでまた野菜に走ったんだ。 「愚かだ…って、罰当たりだって、………罵っていいよ」 「罵ったりしないですよ。ちょっと驚いたけど」  実際のところすげぇ驚いたけど、それは言わないほうがいいだろう。  それと、その行為がどれぐらい気持ちいいのかかなり気になっていた。  たぶん先輩の反応を見る限りかなりイイのだ。間違いない。  あんなにいやらしい顔で喘いでいたのを見てしまった今となっては、キュウリに嫉妬すらしてしまう。 「でも気になるんです。先輩のことだからとても気になるんです。どうしてキュウリでなんて……」  二人の視線が同時に下に向いた。  床にはキュウリが一本転がっている。  それに、先輩は起き上がってはいるが下肢はむき出しのままだ。  俺は先刻の利休先輩の痴態を思い起こして、下腹部に再びの熱を感じ取った。 「あの、えっと、先輩。服、取り敢えず服、着てください。俺やばいんで……」  白いふとももがぷにぷにしていて、さっきから触ってみたい衝動に駆られている。  そして辛抱たまらん状態の俺の股間。準備万端だが、このシチュエーションで押し倒してことに至れる訳もない。  つうかそんなの絶対無理だ。嫌われる。  そういうことは合意の上でないといけない。 「あ、うん。服。……そうだね」  シャツの裾を握って、下肢を隠すように下に引っ張っている。なんだかグラビアアイドルの初写真集みたいな眺めだ。 「ちょっとむこう向いててね」  あんな姿を見せておいて今さら着替えるのが恥ずかしいというのもないと思うのだが、そこは突っ込まないことにする。俺は先輩を傷つけたい訳じゃないのだ。  衣服を整えた利休先輩は、少し落ち着いた様子で俺の差し入れのペットボトルに口をつけた。 「ありがとう」  俯きがちに感謝を示す。  それから床に落ちているキュウリを拾い上げた。いったん紙袋に入れてからゴミ箱に捨てる。さすがにコンドームをむき出しでは捨てられないからだ。 「驚いたでしょ。僕、馬鹿だよね」 「いや、馬鹿ってことは」 「僕は、人とはそういうこと出来ないと思ってるんだ。してみたいけどきっと無理だよ。僕なんか相手にされない。だから……」  寂しそうな顔でさらに視線を下げる。  そして深く息を吸い込むと、一世一代といった風の告白を始めたのだ。 「僕はどうやらゲイらしいんだ。ずっと男の人に愛されたいと思ってきた。女の子になりたい訳じゃないんだ。男のままで、自分のままで、男の人に愛されたいんだ。でもそういうのって出会いもないし、受け入れてもらうのはすごく難しいことだろうし……。それに僕こんな不格好な体型だから、誰も相手になんかしてくれないし。ここ数か月いろいろあって人間不信気味で、きっと一生恋愛とかできないと思ってる。ましてエッチなんてしてもらえないよ」  利休先輩は話をする間もちっとも眼を合わせてくれなかった。  俺は両手でそっと手を包み込む。柔らかい。 「そんなに思い込まなくたって。先輩のこと好きになる奴もいますよ」  現に俺がそうだった。かわいらしくて心惹かれた。ちょっとフェチ気味かもしれないが、好きになったのに変わりはない。 「人間不信って。そういうの、なにか理由があるんですよね」 「………」 「良ければ教えてください」  先輩は長い睫毛をそっと伏せた。辛そうな様子だ。 「俺のことも怖いですか?俺、先輩のことが好きだから傷つけたりしませんよ」  言葉を慎重に選んで再度の告白。そして励まし。  出来るだけ優しい声を作って囁きかける。  涙の後を残す白い顔がわずかに上がった。 「怖くない。君は怖くないよ」  前のめり気味にはっきりと否定してくれる。  しかしまた告白はスルーされていた。愛の告白だということ自体に気づいてないのかもしれない。恋愛ごとにうといのだ。  そんな風でも、なんらかの信頼を得ている手応えはあって、それはとても光栄だった。 「君はいい人だよ。昨日会ったばかりだけど、それはちゃんと分かってる」  ここにきてようやく真っすぐ視線を合わせてくれた。  一生懸命気持ちを伝えようとしてくれている。  たどたどしいその姿がかわいくて愛おしい。 「俺も昨日会ったばかりだけど、もう先輩が好きですよ。人を好きになるのに時間なんか関係ないです」  俺はめげなかった。  三度目の告白だ。  利休先輩は自分のことを鈍くさいって言ってたけど、確かに鈍いとこがあるみたいだった。身体能力じゃなく神経がだ。  そこがまたかわいいと感じてしまうほどには、俺は先輩に惚れこんでいるのだが。  だけどさすがに今度は俺の求愛は伝わったみたいだ。 「あ、ありがとう……でも、どうしてそんなこと言ってくれるの。どうして僕なんかに……そんな………」  後ろ向きな思考に縛られてる先輩の身体は細かく震えている。自己肯定感の低い先輩には俺の好意も疑わしいのだろう。 「本当に僕のこと好きなの?」  疑心暗鬼な声が聞き返してくる。  だから俺は包んだ手に更なる力を込めていた。 「好きです。だから俺のこと信頼してください。笑ったりしないし、誰にも言わないから」 「那須くん」 「教えてください。でないと、相談に乗ることも慰めることも出来ない」  真剣な言葉とぬくもりとにほだされたのか、俺の肩に先輩は頭をもたせかけて来る。 「長い話になるけど……」  そう前置きをして、先輩は今までにあった苦しい出来事を話し始めたのだ。

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