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第10話
夏休みに入って早々、僕を心配した両親が祖母の家に連れて行ってくれた。もし可能なら二学期からの転校も視野に入れてたみたいだ。
祖母の家の畑は広くて、僕も気晴らしに手伝うことになった。畑仕事の勝手は分かってるので戦力としても役に立てたみたいだ。僕自身すごく楽しかったしうれしかった。それに新鮮な野菜はなにより美味しくて活力に満ちていた。
午後は自由にしてよかったのだけど、ど田舎でなにもないところだったので、のんびり畑を散策した。景色を絵に描いたり学校の課題をこなしたりして有意義だった。
力強く背の高いトウモロコシの穂。
最近では真っ白の品種も出ててすごく甘いんだ。
ナスは綺麗な紫色で、触ると指の腹をしっかりと押し返してくる。
畑の一角に何本もひまわりが群生してて、明るい黄色が僕の心も明るくしてくれた。
突き当りには大きな栗林もある。
自然には人を再生させるパワーがあった。
草いきれ。
強い日差し。
蝉の声。
物憂い午後。
その時、僕は一人だった。
この世界の中でたった一人だった。
僕はゲイで、小太りで、気弱で、いいとこなんか一つもなくて、このまま誰とも恋愛もしないしSEXもしないで死んでいくのかな。そう思ったら寂しくなった。
『ちびデブ』で卑屈で暗い僕は誰にも相手にされないんだ。
でも僕にだって欲望はある。
誰かにキスしてもらえたら、もっと先のこともしてもらえたらって、身分不相応にも思い描いたことがある。
先輩に憧れる前から自分はゲイなんだって自覚はあった。だからずっと考えてた。そしてずっと絶望してた。
僕なんか誰にも相手にされない。
恋なんてできない。
エッチもできない。
でも人並みに興味はあった。
男同士のSEXってどんな感じだろう。
味わってみたかった。
あそこ……お尻の穴、使うんだよね。
女の子じゃないから、受け入れるべき場所がないから、そこを使うしかないんだって言うよね。
慣れると後ろで感じるんだって、本当かな。
いつか味わってみたいと思ってた。
でも。
土の上をぼんやり歩いていた僕は派手に転んだ。
そのとき目の前に下がっていた長いキュウリ。
眼をひかれた。
美しい造形だった。
魅力的な長さと太さ。
ドキンとした。
それは男性器を連想させる逞しさだった。
その時、風がやんだ。時間が止まった。
僕は稲光に打たれたようになって放心した。
雲が動いて陽射しを遮る。それが影と光を交互に映して美しかった。
天から細い数十の光が放たれ地面を照らした。
ほんの数瞬の奇跡。
それは天の啓示なんだと僕は理解した。
きっと、その時の僕は夢遊病者みたいだったんだと思う。
ふらふらと近寄ってキュウリを掴んだ。
不安定な気持ちで掴んだキュウリは確かな硬さだった。
なんだか夢の中のような気持ちで僕はキュウリを手にすると、ひまわりとトウモロコシと栗林に囲まれた場所で、少し衣服をくつろげた。土の上に膝をつく。人目につかないのを確かめて下着を膝までずり下ろし、股間をさらけ出した。僕の手は恐る恐る後ろにまわっていた。
唾を付けた指先で窄まりに触れる。
いままでにそこに指を入れたことは一回あったけど、ちょっとだけだった。それ以上のことをしたことはなかった。怖かったからだ。
でも……。
僕はキュウリを強く握り直した。
逡巡はあった。
食べ物を粗末にすることへの罪悪感もあった。
それでもキュウリの誘惑は魅力的だった。
僕は恐る恐るキュウリを舐めてぬらすと、手を背後に伸ばして位置を合わせた。
少し入ると圧迫感と違和感とを覚えた。それでも奥を探るようにして中を開いていった。
恐怖感もあったけど快感のほうが大きかった。
僕は畑の隅で、ひまわりの陰で、声を殺した。
ブルブル足が震えた。
それでもやめられなかった。
とうとう硬いキュウリはお尻の中のいい所にあたって、その強烈な刺激に僕は前のめりに倒れ込んでいた。
あっさり射精していた。
後ろで感じたのだ。
ああ、こういうことなんだ、僕はそう理解した。
それから僕はキュウリを特別に思うようになったんだ。
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