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第11話
話し疲れて先輩は深く息をはいた。
頬の涙はすっかり乾いている。
俺は茫然となったまま先輩の傷ついた顔を見つめていた。
俺になにが言えるだろう。
気の利いた言葉がまったく思い浮かばない。
「今までいろいろあったんだ。でも……呆れたでしょ。野菜を使うなんて……」
恥じらいをもって言うのを、俺は頭を左右に振って否定した。追い込まれていた先輩の気持を思うと同情を禁じ得ない。
なにかに縋りつきたかったのだろう。
自分を絶対に傷つけないものに。
噂をしたりいじめたりしないものに。
人でないものに。
だからって野菜でオナニーとは正直驚きだったが、こんな時、茶化したりごまかしたりするのは違うと分かっている。かといって安易な励ましなんて受け取ってくれるとも思えない。
どうしたらいいんだ。
「利休先輩、その、俺……」
人間不信の人間を説得出来るだけのものを俺は持っていない。ただ利休先輩に対しての熱意と好意があるだけだ。
「僕がもっと強かったら、あんな悪意、なんてことはなかったんだろうけどね」
そこで言葉を飲み込む。また泣いてしまうのではないかと心配になったが、先輩は毅然とした様子だった。
「LGBTって珍しくない世の中だって言うけど、よほど強い人でないと、世の中の無理解と戦うなんて出来ないよ。認められてきているって言っても結局上っ面なんだ。それに差別する人たちって、差別しちゃいけないって分かってて差別してくるんだ。酷いよね」
「大変だったんですね。……すいません。辛い話をさせちまって」
「ううん、いいんだ。それに……、聞いてもらって良かったみたい。心の中に抱えてたものを吐き出せて……とても楽になったよ。こちらこそ変な話を聞かせてごめんね」
そしてすがすがしく笑った。
ふにゃっとした口元が魅力的だ。
場違いにも俺の胸はトクンと鳴る。
「聞いてくれてありがとう」
ソファーの上、先輩はさりげなく俺から距離を取った。
なにか、話を終わらせようという流れを感じる。
「せっかく知り合えたけど、もう……僕のこと軽蔑してるでしょ。とても残念だけど、僕とは関わらないほうがいいよ。君も噂されたりして嫌な思いをするかもしれないし」
言外にさよならを告げられて追いやられる。
その扱いに俺は納得できなかった。
俺は先輩をいじめたりしてない。傷つけたりしてない。避けられる覚えはない。
先輩を傷つけた奴らとは違う。
むしろ俺は先輩に好意を持っている。
出来ることなら繋がり合いたいとさえ思っているのだ。
「なんでそんなこと言うんですか。俺はこれから先輩に関わりたいと思ってるんですよ。だいたいさっきの話、先輩はなにも悪くないじゃないですか」
そうだ。悪いのはいじめをしたほうだ。迫害した側がいけないのだ。人間として最低だ。
「俺そういうの許せないっす。いじめたのはいったいどこのどいつなんですか」
敵を討ってやる。そういきり立つ俺の手を、先輩の手がやわらかく押しとどめた。
「いいんだもう」
「でも」
「お願い。そっとしておいて」
今はもういじめも落ち着いてるし、また蒸し返すのは本意ではない。後ろ向きだがこのまま時が過ぎるのが一番いい。そう先輩は思っているようだった。
確かに事を荒立てるのは得策とは思えない。
いま大事なのは先輩の心を癒すことだ。
くやしくて自分の無力感に唇を噛む俺に、利休先輩は感動に満ちた面持ちで言ってくれる。
「君は凛々しいね。凛々しくてそのくせ優しい。僕も君みたいに強かったなら、きっといじめなんて跳ね返してただろうな」
そしてさらに熱いまなざしで続けてくれたのだ。
「那須くんは偏見とかない人なんだね。それってカッコいいよ。凄いことだよ。憧れる。君みたいな人と友達になれたら良かったのに……」
すでに諦めた言い方なのが引っ掛かる。
「これからなりましょうよ。友達に」
そして恋人に。
俺の希望的観測ではそういう予定になっているのだ。
「あ、いや、俺ら先輩後輩ですから友達というのも違うけど……」
「ありがとう。そういう風に言ってもらえるだけでうれしいよ」
利休先輩は笑って見せた。
今度の笑顔は言葉のニュアンスとはほど遠い寂しい笑顔だった。
まだ人間への絶望は払拭されていないのだ。
自信も回復していないのだ。
諦めてしまっているのだ。
俺はとてつもなく切ない気持ちになった。
どうしたら先輩の心を救うことが出来るのだろう。
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