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第12話
俺はうまく思考が回らないまま先輩の横に座っている。
利休先輩はすべて吐き出して落ち着いたのか、自分を奮い起こして俺に新しい話題を振って来た。
「そう言えば那須くん、どうしてここに来たの?」
小首をかしげての問いかけ。本人は意識していないのだろうが、こっちとしてはあどけないその姿に悩殺されてしまう。
「いや……。あの、園芸部に入ろうと思って」
照れくささで頭をかく俺を見て、先輩は驚いた声を出した。
「え、本気で?」
「本気っす」
「サッカー部はどうするの」
「今朝辞めてきました」
「そんな……」
眼鏡越しに見開く眼は丸っこくてやはりかわいい。
「それはまあいいんですよ。俺、結構さっぱりしてるんで」
「まさかと思うけど、僕が園芸部に入ってって脅したりしたから?」
「違います」
ここははっきり否定しておく。でないと誤解されて、自分のせいではないかと卑屈になられる可能性もあるからだ。
俺は少しずつ先輩の扱い方を心得て来ていた。
「俺の意志です。園芸部に入って利休先輩と仲良くしたいなと思って」
「僕と仲良く?」
キョトンとした様子はやはり鈍さを示していて、ちょっと不安になる。俺は何回も好きだと告白したというのに、まだ理解してくれてないのだろうか。
「そうっす。俺は先輩と一緒にいたいと思って……。さっきも言ったけど、俺は先輩を好きになったんです。少しでも近くにいたいんです。つきあって欲しいんです。だめですか?」
ストレートな告白。
これでどうだというどや顔で先輩に迫る。
それにしても、好きだと言うのは今日ほんとにこれで何度目だろう。
「確かにさっきも言ってくれてたよね。でもどうして……、君ならもてるでしょ。かわいい女の子がいくらでも……」
「好きになるのに理由なんてありません」
きっぱり。利休先輩相手には飾らないまっすぐな言葉が響くのだ。
今度はさすがに意味が伝わったらしい。
初々しく頬を染めて言い返して来た。
「待ってよ。僕は男なんだよ」
それを利休先輩が言いますかぁ。
俺は気が抜けて笑いたくなった。この人、鈍感なうえに天然だ。
「それは分かってます。俺、先輩がかわいいんです。惚れたんです」
「僕ゲイなんだよ」
「俺も男なんですよ。だから俺たち男同士です。先輩がゲイだということはかえって都合がいいじゃないですか。俺、男だけど男の先輩を好きになったんですから」
「君も男なのに男が好きな人なの?」
ゲイだから男の利休先輩を好きになったのかという問いだった。それは少し違う。好きになった利休先輩が男だったのだ。
「俺がゲイなのかどうかは分からないけど。なにしろ今までそういう風に考えたことがなかったから……男を好きになったのもはじめてだし……。ただ、俺、先輩が男でも女でもどっちだって好きになってたと思いますよ」
男でも、女でも、利休先輩だったらどっちだっていい。
「先輩、いいとこいっぱいありますよ。俺に取っちゃかわいいとこばかりで。先輩は『ちびデブ』って気にしてるけど、俺に取っちゃそこが魅力的だし」
「魅力的?」
「ほっぺとか柔らかそうで」
触ったら幸せになれそうな気がするのだ。
「触らせてもらえませんか」
「え、え、触るって」
「少しだけ」
俺は手を伸ばして頬に指先を触れさせる。
視線が合うのが怖いのか、間が持たないのか、先輩はキュッと眼を閉じた。
なんかこの感じってキスを待ってる顔みたいなんだけど。
俺は両手で頬を押し包む。
ああ、やっぱり、想像してた通り温かくてむっちりしてる。
たまらない。
「先輩のほっぺ、俺の手のひらに吸い付いてくるみたいだ。気持ちいい感触です。それにふっくらとしてて包むのにちょうどいいサイズだし……。目を閉じてるの見てるとムラムラして、唇を奪いたくなってくる」
「ま、待ってよ、那須くん。く、唇…って」
慌てて眼を開ける先輩の眼前に俺は顔をつき出した。
「那須くん!」
「大丈夫。無理に奪ったりしませんよ。でも、あんまり後ろ向きなこと言ってると、襲っちゃうかもしれません」
「襲うってなに言って……」
絶句する。
戸惑って視線が不安定に揺れた。
そういう顔するから構いたくなるのに。
俺はふと思った。もしかして、いじめをしてた奴らはホントは先輩を好きだったんじゃないか。好きな子ほどいじめたいってあるよな。それだったらやばい。恋のライバルだ。
卑怯なだけでも許せないのに、もしライバルだったならもっと許せない。
それこそ叩きのめしてやる。
俺の利休先輩への愛情は大きくて深くて広いのだ。
「意味分かってますか。俺、キスしたり、押し倒したりしたいくらい、先輩を好きになったんですよ」
「嘘だ。そんなの……」
「俺の本音です。信じてください」
「………」
人を信じることに懐疑的な利休先輩は、ソファーに身体を沈めて考え込んでいる。
「好きですよ。先輩。一人で園芸部頑張ってるとことか尊敬するし、ずっといじめに耐えてたのはえらいことです。抱きしめて慰めてやりたくなります。それにぽっちゃりしててとてもかわいいし。ちょっと鈍くさいとこも助けてやりたい気になるし」
「鈍くさい?」
あ、口が滑った。俺は追及を受ける前に話をずんずん進めていく。
「たぶん、先輩が自分で嫌だと思ってるとこが、俺には好ましいんだと思います。先輩そのままで、自分のままで、十分魅力的なんです。自信持ってください」
「那須くん……」
利休先輩の身体が細かに震えている。
「君は凄いね。僕なんかに素敵な言葉をいっぱいくれる。とてもうれしい。うれしいよ……」
「先輩泣かないで。こんな風に言われたなら笑うもんですよ。光栄でしょ。俺、力いっぱい褒めてるんですから」
「うん、うん……」
子供のように何度も頷き自分から俺の腕に縋ってくる。
「ありがとう」
その瞬間俺は俺の役目を確信したのだ。
こんなに幼気な存在を傷つけることなど許さない。
俺は、先輩への悪意を押しとどめるための高い防波堤になろう。
そしてそして、俺は俺の愛を貫くのだ。
この天使のようにかわいらしい人に。
俺の真心の剣を捧げるのだ。
かなり鈍感な人だけど、それなりにもう俺の好意は伝わっているのだし、いままでの反応から見て脈ありだろう。
実力行使は怯えさせてしまうだろうから取り扱いは要注意だ。
SEXには相当のこだわりがあるみたいだからじっくり攻略しないといけない。
そして情けないことに、今のところ俺の存在はキュウリという神々しい存在の足元にも及ばないのだということが分かっている。
野菜がライバルとは。
実際のところ、キュウリがどれだけイイのかも気になっていた。他の野菜を試したことがあるのかという疑問もある。
例えばナスとか、ネギとか、ゴーヤとか……。
妄想はつきない。
でもそれを聞き出すにはもっと関係性を作ってからな気がした。
ともあれ、俺は野菜と戦って勝たなければならないのだ。
いったいどうやって?
だけど諦めない。
絶対に俺は利休先輩の恋人になってやる。
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