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第13話
燃え盛る熱情が通じたのか、俺は、先輩の口から好意的な告白を引き出すことに成功した。
相当迷ったようだが俺の眼を覗き込んで震える声で言う。
「那須くん、あのね」
「はい」
「白状するとね……。僕、今日は那須くんのこと考えながら………してたんだ」
言葉を濁して囁く。
してたって、もしかして野菜オナニーのことか。
マジで俺のこと考えながらしてたのか?
それは光栄だ。いや、待て。光栄なのか?……複雑だ。
でもそれなりの展望があるんじゃないか。
実際にはキュウリが相手だったとしても、心は俺に傾いていると言えるのではないか。
期待に眼を光らせる俺に向けて、先輩はつっかえながら言葉を続ける。
「昨日会ったばかりなのに、妙にドキドキして。君、ワイルドでかっこいいし……。けど……とても優しかったし。親切だし……。今日キュウリ見てたら、君のこと思い出して。そしたら勝手に手が動いてた。神棚に備えたキュウリに手が伸びて……、いけないって思ってるのに、僕ってば………」
恥じらいが朱となって頬を染める。
「君とそういうこと出来たらって、妄想したんだ。ごめんなさい」
正直に謝罪する姿。
「気持ち悪いよね。すごくごめんなさい」
いじましい。
「謝らないでください。俺は構いませんから、いくらでも妄想していいっすよ」
なんだか誇らしいような気持ちで許可を出す。
先輩の妄想の中ならいくらでも登場したい。登場して気持ちよくしてあげたい。優しい愛撫でこれ以上ないくらい感じさせて、感じすぎて泣きたくなるくらい愛してやりたい。
もちろん現実でも触れ合いたい。
「俺も昨夜先輩のこと考えて、寝ながら妄想してましたから」
「ええ?」
びっくりして声が裏返っている。
「いやらしい気分になりました。利休先輩がいけないんですよ」
「どうして。……那須くん。そんな、君、なんていうかマニアックな趣味なの?」
それは自分のことをマニアックな存在だと言ってるのと同じだ。
笑ってしまう。どうしてこうずれてて面白いのだろう。利休先輩は確実に俺のツボをついてくる。
「趣味。そうですね。そうかもしれないっす」
俺はぷにぷにふわふわしたものが好きみたいだ。利休先輩のぽっちゃり体形には心惹かれる。ふっくらしたほっぺの感触には胸が躍った。
確かにマニアックなのかもしれない。
「マニアックでもいいじゃないですか。好きな気持ちと受け入れる気持ちがぴったりなら、どんな形だって。当事者がOKなら問題ないです。他人とか、人目とか、関係ないです」
「那須くん。どうしてそんなに堂々としてられるの?どうしてそんなに強くいられるの?」
「必死なだけです。好きだから。手に入れたいから。頑張れるし強くなれる」
「本当に、本当に、僕でいいの?」
「はい」
利休先輩の黒い瞳が潤んでキラキラとしている。
「キスしていいですか」
本来こういうのは雰囲気だと思うのだが、先輩相手にはちゃんと承諾を得てからのほうがいい気がした。
「それは、その……」
「まだ『抱かせて』なんて高望みはしないから。キスだけ。ね」
ここは押すところだと俺は見抜いている。キュウリの件以外は先輩は初心そうだ。
「那須くん……」
「眼、つぶって」
「…………こう?」
「少し顎上げて、唇をつき出してくれますか」
先輩は従順に言うことを聞く。
でもまつげが震えてて怖がっていることを伝えてきた。
咄嗟に俺は肩に手を置く。手のひらで肩の丸みをやさしく撫でた。
「触れるだけだから怯えないでください」
最初はソフトに掠めるようなキス。
身を固くしているのが分かって愛しさが増す。
「……那須くん」
「もっとしていいですか」
「………」
戸惑いながらも先輩は頷いてくれた。
今度は啄むキス。徐々に密接になっていく。
「先輩も唇動かして」
「どう…やって……」
「分からないなら俺の好きにしていい?」
ちょっとだけずるい聞き方をしてみた。返事は意外にもすんなりと返される。
「うん。……いいよ。好きにして」
ああ、もう、危なっかしいなこの人。
そんな簡単に自分を明け渡して。
なんて無防備なんだ。
「俺以外の人間に『好きにして』なんて言っちゃだめですよ」
「君以外の人って……。言わないよ、そんなこと」
恥ずかしそうに否定してくれる。
俺の胸は躍った。
「先輩のこと、俺だけのものにしちゃっていいですか」
「待って、それは」
どういう意味だと怯えている。
「ちゃんと段階踏みますから。怖がらないで」
「怖いことするの?」
少しは痛いかもしれないが、尻を使ったSEXは男同士だとみんなやってるみたいだし、怖くはないはずだ。けれど人間不信の先輩が相手だから細心の注意を払う必要があるので、なかなかハードルが高い。
優しく優しく。
壊さないように。
ゆっくり時間をかけて。
自分勝手じゃないSEXで先輩を満足させてあげなければ。
「怖くはないですよ」
それより、キュウリでオナニーするほうが危なっかしくて怖いのではと思うのだが……。
そこを突っ込むのはマナー違反な気がして、俺は口を噤んだ。
「那須くん。もう僕……キスだけでいっぱいいっぱいなんだ」
涙ぐんだ瞳は艶やかで、かえって誘っているように感じられる。泣き虫天使でそのくせ小悪魔だなんて最強だ。無意識に煽ってくるんだから相当たちが悪い。
「これくらいのキスで怖いんですか?」
「これくらいって……」
眉間に皺。俺の言葉に含まれたからかいに気づいたようだ。
「もっと凄いキスしましょうよ」
「凄いの?」
緊張した面持ちで先輩は俺の顔をじっと見上げる。
縋りつくような視線。
利休先輩は及び腰になって俺から距離を取ろうとした。でも必死に踏ん張って逃げ出さないでいてくれる。
心が揺れ動いているのが分かる。
「怖くないですよ」
俺は手を背中にまわして先輩の身体を引き寄せた。
抵抗はない。
よし。これなら大丈夫だ。
「ちょっと唇開いて、舌を出してみてください」
言いなりになる利休先輩の素直さに俺は心配になる。
経験値がない分拒否られるかと思ったのに、俺の前であっさり無防備な顔を晒すのだ。
つまりそれは、好意も気持ちも許されているということで、そう思うと俺はたまらなくうれしくなった。
思いっきりのベロチュウで先輩を愛する。
「………ん、ん、ん」
絡まる舌。
熱い口内。
ちょっと歯と歯がぶつかったが、そんなの気にしない。俺はがっつりと先輩の口内を味わった。
「嫌じゃなかったですか」
「ん……」
口元を濡らす唾液を指でぬぐって、先輩はかわいいこたえを返してくれる。
「那須くんだから」
「俺だから?」
「好きにされたい……って思った。僕、那須くんにキスして欲しかったから……」
なんて台詞だ。
「だから……キスしてくれて、ありがとう」
感謝されて俺のほうが胸キュンする。この人、なんてかわいいんだろう。
こっちこそ『キスさせてくれてありがとう』なのに。
「ああ、えっと……」
少女のように胸をときめかせて俺は先輩の手を両手で握った。
「俺と恋人になってくれますか」
男相手にこんな真っ向から告白することになるなんて、昨日までは想像もしなかった出来事だ。利休先輩の存在は俺の価値観を見事にひっくり返してしまっていた。
俺は誓いを立てる。
「大事にします。先輩を傷つけたりしません。だから……」
「那須くん」
「俺を信じてください」
「……信じるよ。僕こそ、君の恋人にしてもらえるなんて夢みたいだ」
あくまで謙虚な物言いに、自分のほうが年下なのを失念しそうになる。
「いろいろ辛いこともあるけど、生きてればいいことがあるんだね」
なにげなく呟いた言葉に内心ひやっとした。
『生きていれば』
それは、先輩が過去に人生に絶望したことがあることを示している。暗い死の誘惑に見舞われたのが容易に想像出来るのだ。
それほど辛い時を過ごしたのだろう。
思わず俺のほうが泣きそうになる。
「利休先輩」
死に至る病とは絶望のことであると誰かが言った。
俺ならそんな辛い思いはさせない。
先輩を傷つけるものはすべて蹴散らしてやる。
「これからは俺がいますから。安心してくださいね」
「ありがとう。那須君は頼りになるね」
安心しきった微笑を浮かべるその口元は、俺の庇護欲を刺激した。
「利休先輩、もう一回キスさせて。誓いのキス」
「待って、僕にさせて」
意外にチャレンジャーな先輩の顔が、必死に俺に俺にむかって来る。
唇ではなく顎に近いあたりに唇がぶつかって来た。
「……ごめんね。下手で」
恐縮する様子すら好ましい。
「ちゃんとやり直しましょう。二人で協力して」
そうして俺たちは、他に誰の邪魔も入らない園芸部の部室で、恋人同士の熱く幸せなキスを厳かに交わし合ったのだ。
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