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第15話
部室に入って利休先輩は野菜籠をテーブルに置いた。
無理に落ち着いた声を出す。
「キスするのは食事のあとだよ」
年上らしく釘を差してきた。
ああ、また焦らされるのか……。
俺はちょっと残念に思ったが、希望の光はまだある。
先輩だってさっき俺とキスしたいって言っていたのだから、その気ではあるのだ。照れくささとか、遠慮とか、戸惑いとか、そういう気持ちを俺の熱い情熱で溶かしてやる。
そして今日は先輩の肌に触れてやる。
俺は道具を片付けながら、どうすれば触れ合えるのか模索し、話の持って行き方をシミュレーションした。
「利休先輩、取り敢えず座って休みましょう」
いつもの定位置。ソファーに二人並んで座る。
さりげなく背中に左手をまわして、ぽっちゃりと魅力的な身体を引き寄せていた。
利休先輩はちょっとむずかりながらもそのままの位置に座っていてくれる。
「キスしていいですか」
「まだダメだってば」
「お楽しみはデザートでってことですか。俺、我慢できませんよ。先輩をもっとたくさん食べちゃいたいんです。はやく、たっぷり、濃厚に、味わいたいんです……」
「それは」
「そろそろキスから先に進みませんか」
「キスから先って、その……」
いくら鈍い先輩でもさすがに意味が通じたようだった。しかし強張った顔は戸惑いを示している。
「だめですか」
「……ううん。僕だって那須くんに触って欲しいよ」
あくまで受け身な態度だが、うれしい返事だった。
先輩のほうから能動的に俺を欲しがるのはきっと当分先だ。その点については今は期待だけしていよう。
「これから試してみましょうよ」
野菜はひとまず置いておけ。俺は強引に話を持って行く。
先輩が人間をあまり信用していないのは分かっている。誰ともSEX出来ないと絶望しているというのも聞いていた。思い込みが激しすぎるし後ろ向きな性格なのも理解している。天啓だというキュウリが具合よかったらしいのも察していた。
でもどうだろう。俺が相手なんだからそろそろ受け入れてくれるんじゃないか。自惚れだろうか。甘すぎる考えだろうか。
俺は、右手の人差し指で顎を支えて先輩を上向かせる。
「キスしますよ」
有無を言わさない強さで宣言した。
「先輩だってしたいって言ってたでしょ。だからね」
「那須くん……」
先輩は戸惑いながらも眼をつぶり俺に自分をゆだねてくれる。
俺の唇は情熱的に愛しい人の唇を奪った。
少し舌を差し入れると先輩の目蓋がぴくりと動く。
キスの途中で眼を開けているのは、はたして失礼にあたるのだろうか。
でも、先輩がどんな顔してるか見てみたかったのだ。
眼鏡越し、ぽわんと赤みの指す目蓋。なにかの果物のようなふくよかさ。美味しそうだ。
蕩けた様子に俺は勢いづく。今日はこのままいけそうな気がした。
今までにキスもいっぱいしてきたし、抱き合ったりもしてるし、頬ずりなんかもしてきた。
先輩も俺とのスキンシップに少しずつ慣れてきているのだ。
いつもより長い口づけを終えて、俺は先輩の気持ちを確かめる。
「キス、気持ちよかったですか」
「ん、凄い……。くらくらする」
そして火照った頬を俺の肩に押し当ててきた。
かわいい人だ。
「今日はもっと気持ちよくしてあげたいんです」
手で頬をするりと撫でる。
「身体に触らせてください。途中で嫌だと思ったら言ってくれればやめますから」
「う、うん」
「先輩が気持ちよく感じるように、誠心誠意つくしますから」
熱意のこもった宣言にほだされたのか、利休先輩は視線を泳がせながらも好意的な返事をくれた。
「那須くんがしたいならいいよ。僕も……して欲しいし」
恋人から請われる幸せに俺は心でむせび泣く。
「大事にします」
「うん。大事にしてね」
微笑ましくあどけない受け答えにやはり俺はノックアウトされてしまった。
この人ってば本当に……。
収穫した野菜がテーブルの上にひっそりと置いてある。
食べる前に行為になだれ込んでしまえた。
結局は、俺の熱情であり欲情である強引さが、野菜の魅力に勝ったのだ。
先輩の素直さに感謝しながら俺はキスで髪に触れる。
小首をかしげた先輩の肩を抱き、二人っきりの空間で優しく優しくむつみ合った。
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