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第26話

 次の日、俺たちはいつも通り野菜の世話をし、いつも通り水をまき、丁寧に収穫をしていた。かなり豊作だ。  二人っきりの時間だからと四六時中エッチなことばかりしてる訳ではない。俺たちはちゃんと部活動もこなしているのだ。  園芸部存続の目標を掲げ、俺たちは暑い中、邁進している。 「今日は先生におすそ分けをしようね」  太陽の光を背に振り返った先輩は手で額の汗を拭った。  手にしているキュウリは大振りだ。  キュウリは先輩のオナニーの相手だったので、嫉妬心と共に複雑な感情が湧く。どうにもエロく感じて仕方がなかった。  それでも、明るい日差しの下では健康的でうまそうなただの野菜だ。 「どれも美味しそうですね」  先輩の言った先生というのは顧問の大葉先生のことだった。  担当は体育で、部活は卓球部の顧問を主にしている。あくまで園芸部はサブなのだ。  弱小部なので扱いが悪いのは仕方がない。  野菜を職員室に持って行くのは園芸部としてのアピールだ。ちゃんと活動して成果を出していることの証明だった。  部室に戻って一息ついてから、俺たちはキュウリやナスの乗った籠をもって職員室に向かう。  校庭側から回る行き方もあるが外は猛暑なのでパスする。 「那須くん……二階通って行ってもいい?」 「? いいっすよ」  職員室は一階だ。三年生のクラスに沿って行けば階段を使わず真っすぐで最短ラインなのだが……。  少し不思議に感じたが俺は快諾した。二階は先輩のクラスがあるのでなにか用事があるのかとも思ったのだ。  夏休みなので校舎の中には人気はまったくない。  明らかに外より涼しい廊下を先輩と並んで歩く。 「先輩一組ですよね。席は窓際の前からふたつ目」  出会った時に教えてもらって、荷物を取りに寄ったことがある。  一組に差し掛かり、俺は首を伸ばして誰もいない教室内を覗き込んだ。  利休先輩と同学年だったなら一緒のクラスになって今以上に楽しい学生生活を送れたかもしれない。  想像してみる。俺は先輩の前の席で、休み時間になると後ろを向いて先輩に話しかけるのだ。  椅子の背を抱くようにして後ろを向いて跨り、俺は先輩の机にだらしなく肘を乗せる。  そして駄々っ子のように言うのだ。 『あーかったるい。はやく授業終わんねぇかな』 『まだ、二時間目だよ』  優しい笑顔でたしなめられる。先輩は生真面目なのだ。 『放課後どっか行かないか』 『だめだよ。部活があるじゃないか』 『だから部活の後。部活の後も利休といたいんだよ』  同級生なのでため口もきける。名前も『先輩』を取って『利休』などと呼び捨てに出来るのだ。  うわーたまんねえ。  俺はウキウキとしながら先輩を促す。 「ちょっと中に入っていいですかね」 「どうして」 「いいからいいから。先輩は自分の椅子に座ってください」  俺はなかば強引に先輩を押し出した。 「俺はこの席を借ります」  と、先輩の前の席をちゃっかりキープする。  机に野菜籠を置き、さっき妄想した通りに体勢を整えた。  ちょっとだけ戸惑っている先輩と真っ向から顔を合わせる。 「俺、利休先輩と同じクラスだったらなぁ。部活以外の日常でも一緒にいられるのに。名前だって呼び捨てに出来るのに」 「呼び捨て?したいの?」  小首をかしげて問い返され俺は頭をかいた。 「いや、ちょっとした妄想ですけど」 「呼び捨て、していいよ」  いとも簡単に許してくれる。 「えっと、いいっすか」 「どうぞ」 「……利休」 「うん……」  はにかんだ返事をされて、こちらのほうがこそばゆくなった。さらに距離が縮まった気がする。 「僕も、君のこと名前で呼んでもいいかな?」  遠慮ぶかい言い方の裏に切なる願いを感じる。 「呼んで下さい。うれしいです」 「太威知くん」 「くんはなくていいですよ」  もっと親密になりたかった。 「それじゃあ……太威知」  大切そうに口に乗せた言葉。  先輩の目元が和らいでいる。  照れくさそうで、そのくせうれしそうな風情なのが、俺のほうこそうれしい。 「太威知。太威知。太威知」  まるで甘いキャンディーを口の中で転がすように、綺麗な発音で俺の名前を連呼する。 「すげぇ、感動」  欲張りな俺は、先輩の机の上の野菜籠越しに顔をつき出していた。 「キスさせて」 「え、ここで」  不安そうな視線が廊下側にちらりと走る。 「大丈夫。誰もいないから」 「でも」  俺は腰を浮かせ、さらに身体を前に突き出した。  そして意識して低い声を作って先輩の耳に囁きかける。 「利休」  情感を込めた呼び捨て。  セクシーな俺の声に俺の天使はびくっと震えた。 「利休、逃げんなよ」  さらに強く命じてみる。  俺の手は、机の上に置かれていた先輩の手を上から押さえ付けていた。  逃がさない。  傲慢とさえ思える声のトーンで俺は先輩を縛り付ける。 「利休、眼を閉じろ」 「………」  先輩はおとなしく俺の要望を受け入れて眼を閉じると、唇を窄めた。顔を上向け唇をつき出してくれる。  俺はさらに顔を近寄せた。  ふっくらとして優しい顔立ちが間近に迫ってくる。  先輩も俺を望んでくれていると思うとたまらない気分になった。  俺は先輩の唇を受け止める。それはむにっと温かくて好ましかった。  唇の甘さをいやというほどしつこく味わう。  ほんとに同級生だったならいつも一緒にいられるのに。そうして楽しい時間を過ごすのに。もっと関りが深くてエッチもしやすいだろうに。  体育祭も文化祭も一緒。  もちろん部活だって一緒だ。  受験勉強だって一緒で受験自体も一緒だ。頑張れば同じ大学だって入れるかもしれない。  あり得ないことだが憧れてしまう。  だからと言って、そんなうわっついたエロエロしいことばかり考えてる訳じゃない。大事なポイントがあった。  同じ学年だったなら、俺がいじめから先輩を助けられたかもしれないという事だ。  俺は胸の内で謝る。  すいません、先輩。  俺、先輩の人生に現れるのが遅くて。  早く生まれることが出来なくて。  先輩をいじめから守れなくて。  辛いままずっと先輩を一人にさせて。  これからは俺が守りますから。  俺が先輩を幸せにしますから。  だから笑っててください。  俺は心の中で誓う。  その勢いと気概とが伝わったのか、キスに満足したせいなのか、先輩は世にもかわいらしい笑顔を俺に見せてくれたのだ。

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