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第31話

 優しい愛撫で利休先輩を追い上げる。先輩の胸や腹はすでにキスマークでいっぱいだった。  そんな俺の頭の隅っこではいまだ引っ掛かってることがある。  この期に及んでひとつ確認したい。重要なことだ。 「利休先輩。そのぉ……、もうキュウリはいいんですか」 「えっ?あ、あのそれは……」  どういう意味だと眼を見開き、黒い瞳が問う。 「前にキュウリは特別だって言ってたから……」  俺の懸念を理解したらしく、照れくさそうに先輩は苦笑して見せた。 「僕、ずっと不安で……苦しくて絶望してた。男の人を好きになる男なんて、ちびデブな僕なんて……、一生一人っきりなんだって思ってた。誰にも相手にしてもらえないと思ってたんだ。でも今は君がいる。君が僕を好きだって言ってくれてる。僕も君が好きだよ。大好きな君とエッチが出来るんだ。うれしいよ。もう僕にはキュウリはいらないんだ」  清々しい笑顔で決然と吐露する。  俺は心の中で吠えた。  やった!  俺はキュウリに勝ったのだ。  優越感に誇らしい気分になって、再び行為に没頭して行く。 「後ろから繋がったほうが楽らしいっすよ。腰曲げて後ろに尻突き出してください。身体の向き変えてもらえますか」 「こう……かな」  背中から腰への流れが魅力的に光った。きめ細やかな美しい肌をしていると思う。 「かわいいお尻」 「かわいいって言うの禁止!」 「どうして?かわいくて、桃みたいに美味しそうで、食べちゃいたいくらいですよ」  俺はかがみ込むと先輩のむき出しの尻に唇を寄せた。  桃のような産毛は生えていなくて、ツルツルの感触だ。  思わず舌でぺろりと舐める。 「んっ」 「……いやでしたか」  息を詰める気配に問いかけると、先輩は身を捩り後ろに位置する俺の顔を見てくれた。そして言う。 「いやじゃ、ない」  強がるような声音がたまらない。 「無理しないで」 「してないってば」 「じゃあ、こういうことしても平気?」  俺はローションを少し手に出してから先輩の尻の狭間に滴らせた。指で尻肉を左右に開く。秘密の扉がわずかに見えた。 「………」  先輩は声を殺している。  俺も無言で指を動かした。  中指の腹で慎ましやかな小穴を撫でる。  ぬるぬるとした感触が信じられないくらい卑猥だ。 「あ、ああ……」  淫靡な施しに利休先輩の口から声が漏れる。 「気持ちいい?」 「………分かんない」  むずかる子供のようなあどけない声。犯罪チックでドキドキする。 「少し入れても平気ですか?」 「平気、だと思うけど……」  俺の中指は濡れそぼった秘所に潜り込んでいった。 「……うっ」  身体を強張らせているが拒否の言葉はない。  ふくよかな尻を間近に見ながら、俺はまた少し指を進めた。  ローションの効果は高かった。比較的すんなりと指は第一関節まで迎え入れられる。  中を確かめるために指の角度を微妙に変えた。また少し奥に進入する。先輩の中は幸せを感じるほどに温かかった。 「あぁっ」  堪えきれないと言った風に小さな悲鳴が上がる。いい所に当たったみたいだ。 「ここ、いいですか」 「あ、あぁ……ん」  尻がかすかに震えている。 「もっと奥まで入れていい?」 「あ、……うん」 「こういうの気持ちいい?」 「……そんなこと、聞かないで」  くぐもった声が俺を責める。気を使ったつもりが辱めになっていたようだ。行為の行く末を先輩に任せたような状態。決定権も欲望も希望も先輩のほうからむき出しにさせた格好になったのは、かわいそうだったかもしれない。  ホントのところ、したい気持ちは俺も先輩も同じくらい大きいはずなのだ。 「すんません」  俺は素直に謝った。 「あんまり先輩がかわいくて」  指を抜き、ローションに濡れた手で尻を揉む。  それから俺は準備を整え先輩の肛門に自分の性器の先端をあてがった。 「入れますよ」 「う、うん」 「緊張しないで」 「うん」  しかし利休先輩はまたもやカチコチになっている。  どうしても緊張してしまうらしい。  あんまり緊張されると俺のほうも緊張してしまう。  そのせいだけでもなく、やはり行為はうまく進まなかった。  ローションで濡らしたのになかなか入らない。  そして、どうにか先端のくびれまで入ったところで利休先輩は苦痛の悲鳴を上げた。  俺もきつさに舌を巻いている。  狭いのだ。 「くっ…」  先輩は自分の指を噛んで苦痛を堪えている。  痛々しい。  俺は焦った。  俺のが馬鹿でかいのがいけないと思う。  一気に入れてしまえばいいとも思うのだが、切れたらかわいそうだし、先輩相手に俺が無体なことを出来るはずもない。  俺は先輩を守ると誓ったのだ。その俺が先輩を傷つける訳にはいかなかった。  先輩は暴力に敏感になっている。  自分の領域を犯されるのがとてつもなく怖いのだ。  まだ人間不信は完全には払拭されていないのだ。 「もうちょっと我慢してください」  声が上ずる。それでもどうにか先に進みたい。  じりじりと腰を前に進めるがその分だけ先輩の腰が逃げてしまう。  中途半端な状態のまま無駄に時間が経っていく。 「よいしょ」  ペニスの先端で狭い箇所を押し広げるようにする。  みしりとした感触を味わいながらどうにか肉を割る。 「ん、ん…ぐっ……う、うう」  いったいこれは涙声だろうか。  首を竦め、肩を震わせ、すごく痛そうだった。痛いというより圧迫感だろう。  そんな風におたおた焦っているうちに俺の限界のほうが先に来てしまう。 「ううっ……と」  まだ奥まで全部入ってないのにイキたくなかった。 「ダメだ。うまく入らねぇ」  くやしくて声も湿りがちだ。 「先輩、俺、……もう………くうっ」  そして俺は欲望を完遂出来なかった。  奥までしっぽり突っ込みたかったのに。  恋人の体内の最奥に出したかったのに。  先輩と共に到達の瞬間を過ごしたかったのに。  俺は腰を引いていた。  中途半端な状態で発射してしまっていた。  コンドームを外して始末するのが果てしなく空しい。  ガッカリ感と、何とも言えない罪悪感のようなものにも背中を押され、俺はしょぼくれた。 「すいません」 「ごめんね、僕……」  先輩の黒い瞳が俺を見つめている。 「いや、こっちこそごめんなさい」  お互い謝り合って、それからなんとなく引きつったように笑い合う。  照れくささが二人の間にはあった。  笑えるだけの余裕もユーモアもあることが救いだった。  相性はいいのだ。思い合っているのだ。ラブラブなのだ。  あとはがっつり繋がり合えれば完璧な恋人同士になれるのに。 「もう少しだったのに勃起もたなくてすいません」 「僕こそごめんね。どうしても身体に力が入っちゃって」 「いいんです。ゆっくり解決して行きましょう」 「ありがとう。僕、那須くんのこと凄く欲しいのにな……」  先輩の中は思いのほか狭かった。  けど途中まで入ったのだ。もう少しだったのだ。  どうしたらいいのだろう。 「うまく行かない…ね」  はーっと深いため息をついてから、先輩は俺の顔をちらちらと見た。 「あの、あのね。那須くん」  言いづらそうに、でも必死になって先輩は声を上げる。 「ナス、使ってみたらどうかな」 「へ」 「一回ナスで練習してから……。広げてから……ね。そうしたらうまく行くかもしれない……」 「えっと、それは」  またも野菜でSEX。  俺は固まった。  先輩の野菜信仰は消えていなかったのだ。 「だめかなぁ」  さっきキュウリはもういらないって言ったくせに。ナスはいるのか。  複雑な感情に俺は茫然となっていた。 「利休先輩。やっぱ、俺よりナスのほうが好きだとか……」  気落ちした声は、しかしビシッと切り返される。 「なに言ってるの那須くん。ナスより那須くんのほうが好きに決まってるでしょ」  よかった。うれしい。取り敢えず俺はナスに負けてる訳じゃないらしい。 「なら…」  ナスの出番はなくたっていいのではと眼で訴える俺に向けて、先輩は強い意志を見せる。 「以前部室で目撃されちゃったけど、那須くんのこと想像しながらナスを使ったことがあったんだ。あの時けっこううまく入ったんだ。だから……」  だからって……どんな顔をしてその提案を受け入れればいいのか分からない。 「ナスで練習しようという訳ですか」  俺は声に少しの抵抗を滲ませる。先輩の聖域は俺だけのもののはずなのに。野菜の出番だなんて。 「だって、今日は僕、絶対那須くんと繋がりたいんだもん」 『だもん』という言い方が妙にかわいらしく、俺はそれだけでメロメロになってしまう。弱い、弱すぎる。しかしこれこそが惚れた弱みという奴なのだろう。  先輩の言うことには逆らえない。 「なにごとも練習しないとうまく行かないでしょ。ナスで順々に広げていったら那須くんのナスも入るようになると思うんだ」  確かにつるんとした肌合いのナスは入れやすいのかもしれない。サイズも色々あるし。  細いのから順に慣らしていったらいいのかな。  それに、練習したら実際にうまく入るようになるかもしれない。そして今度こそ先輩とガッツリ結合して奥の奥まで満たすのだ。ここまで来たんだ、到達までの道のりは遠くないはずだ。  先輩に毒されて、ベッドの足元に置いていたサブバックを俺は引き寄せた。今日収穫されて持って帰って来たナスを選び取る。  無垢な輝きを放つ紫色。  俺は少しだけ目蓋を閉じた。  ああ、罰当たりでごめんなさい。  敬意は払ってるんです。  食べるの大好きなんです。  でもすいません。  予想外の使い方をさせてもらいます。  ごめんなさい。  俺は深すぎるため息をつきながら、先輩の望むままにナスにコンドームを被せていた。

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