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第38話

 緊張して登校した俺の耳にとある話題が入って来る。  なにやら火照ったような空気に教室は包まれていた。  外国から交換留学生がやってくるというのだ。今どきそんなことで騒ぐなんて……と思った俺だが、二年一組に入ると聞いてちょっと心配になった。先輩のクラスなのだ。  どんな奴なのだろう。なにか影響があったら嫌だな、と心配に思う。 「綺麗な金髪だったよ~。正統派のイケメン。と言うより貴公子って感じかな」 「なに、あんたわざわざ見に行ったの?」 「ちょっと職員室の前で」 「だから。用もないのにわざわざ職員室の前まで見に行ったんでしょ」 「えへへへ」  女子学生たちはいつでもかしましい。  そして恐ろしいほど情報が早い。 「イギリスから来たんだって。どことなく品があってね、ホントに貴族の血なんか引いてるかもしれない。そうしたらさらに素敵」  夢見がちな少女の発言に横から冷静な突っ込みが入る。 「それじゃあその分だけさらにお近づきになれないわね。あたしらしがない庶民だもの。それにまずは英語の成績をあげてからじゃないと意思の疎通も難しいかもよ」 「そりゃあそうだけど……」  俺はそれらの情報を聞き流しながら別のことを考えている。  この騒ぎで先輩への視線は和らぐのではないだろうか。それだったら歓迎だ。  夏休みという長期の休みを超えた新しい学期は、新しい風を運んで来ている。きっといじめのことは遠くに追いやられるに違いない。  そしてまわりが落ち着いて興味をなくしてくれれば、先輩の気持もぐっと楽になることだろう。  時間が傷を癒してくれること。先輩自身の回復力。俺はそこに期待を抱いていた。  微力ながら、俺の応援と愛とで優しくそっと包んでやりたい。受け止めるクッションの役目を担いたい。傷を負わないように盾になりたい。  俺は午前中ずっと先輩のことを考え続けていた。  そしてようやく昼飯の時間がやって来た。  チャイムと同時に弁当箱をひっ掴んで利休先輩のクラスに急ぎ足で向かう。  突然やって来た下級生である俺は、物珍しがる視線を二年生から浴びながら先輩を呼び出した。 「利休先輩。行きましょう。屋上にしますか。中庭にしますか」  それとも部室?  ホッとした表情の先輩が俺の元に小走りに寄ってくる。 「部室がいいな」  希望は切実なトーンとなって俺の耳に届いた。  部室は先輩にとって一番落ち着く所だろう。 「行きましょう」 「うん」  弁当の包みを持って先輩と二人で足を進める。  背後から見つめる視線を感じたが俺たちの心は負けていなかった。  俺達にはなにもおかしなことはない。恥じることもない。  先輩の望む通り堂々としていればいいのだ。  横を歩く先輩は比較的落ち着いている。俺は胸をなでおろした。登校したことで、逃げずにきちんと学校の時間をこなせたことで、なにかを一つ乗り越えられたのかもしれない。 「大丈夫でしたか」 「うん。なんだか今日は留学生の話題でわさわさしてて、落ち着かなくて、かえって楽だったよ」  それでも緊張したのに違いはなかっただろう。  俺たちは、緊張が解けた時特有の深いため息をついてから箸を取った。 「いただきます」 「いただきます」 「食欲ありますか」  心配しながら眼で探る。見た感じは元気そうだ。 「うん、大丈夫」  言って先輩は口に卵焼きを運ぶ。美味しそうにパクついた。 「先輩がものを食べてる姿、俺は好きですよ」  収穫した野菜を調理して楽しむ時、先輩はほんとうにおいしそうに食べるのだ。至高の幸せといった風に。  今も、幸せそうに頬を膨らませもぐもぐとしている。その口元の動きが絶妙にかわいかった。  ああ、いっそのこと俺は卵焼きになりたい……。  利休先輩は結構大食漢なのだ。それがぽっちゃり体形に直結しているのだろう。  気にしてる割にはしっかり食べてる。元から食べるのは好きなのだろうが、いじめによるストレスで過食傾向も出ているのかもしれなかった。  俺としてはぽっちゃりしているほうが好みだ。抱き心地も最高なのだ。だからそのままでいて欲しい。  先輩は卵焼きを食べ終わると、俺のぶしつけな台詞に応えてくれた。 「そうなの?なんだか恥ずかしいな」 「口の動きがなんかエロいんです」 「……バカ」  怒られてしまった。 「すいません。でもホントに先輩はかわいいから大好きですよ」 「………バカ」  照れた頬が赤くて眼を引く。そんな様子もかわいいのだ。  甘いやり取りを交わしながら、一番なじみ深くて安心できる場所である部室で、二人きりの貴重な昼休みを過ごしたのだった。

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