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第41話
このところキャロットと利休先輩とは妙に仲良さげで、俺は不満だった。
園芸の話となると、特に庭の話になると、俺にはまったくついていけない。
キャロットの発案で、庭の剪定について学校側に働きかけようと計画しているのだった。
わざとのように回数の多い問いかけに、先輩は素直に誠心誠意相手をしている。
日本人は英語コンプレックスがあるのか、外国の人間だというだけで妙に受け身になりがちだ。
先輩も戸惑いながらも心底親切に接していた。
キャロットの話だと母親が日本人なので日本語にはなじみがあるという事だった。どうりで流麗なはずだ。
だからキャロットは、本当は知っているくせにわざと繰り返し聞いているのではないかと思われる。
それと、顔を近づけて話すのはそういう癖なのだろうか。外国人とは一般的にそういうフレンドリーな感じなのだろうか。キャロットが特別ということだろうか。
なにかと大げさな身振りで、肩とか手とかベタベタ触ってる気がする。
お前いいなずけがいるんだろ。いくら家が決めたフィアンセとは言っても他の人間にうつつを抜かしてる場合か。第一先輩は男だぞ。
堪えきれず俺は牽制の声をあげた。
部室に先輩がいない時を見計らってキャロットに声をかける。
「利休先輩にあんまり馴れ馴れしくするなよ」
「どういう意味だい?」
「手を握ったりして……ずうずうしいんだよ」
「それのどこが悪いんだい」
「悪いよ。先輩に手を出すなよ」
「手を出すなとは、そちらこそなかなかずうずうしいことを言う」
「本当にずうずうしいのはそっちだ。俺の恋人に馴れ馴れしくしやがって」
あ、しまった。
言ってしまった。
俺は相変わらず迂闊だ。
男同士で恋人だなんて、人によっちゃ軽蔑する奴もいるかもしれない。内緒にしておくに越したことはないのだ。
俺はいいけど、そのせいで利休先輩が傷つけられるようなことがあってはならない。
しかし俺の焦燥を無視してキャロットは意外にあっさりとその事実を受け止めた。
青い瞳がキラリと光る。
「ほう。そういう事なのか。私は一方的な君の片思いかと思っていたけど」
どうやら元から気配を察せられていたらしい。ばれてる。
「君の空回りじゃないのかい」
「なにぃ」
「彼は愛くるしい。天使のようだ。多くの人に愛されるべき存在だ。君じゃなくて、もっと彼に相応しい人間はいくらでもいるだろう。例えばわたしとか……」
そこで貴公子らしからぬニヤリとした笑いを見せる。
「ふざけるなよ」
「私は彼を心憎くからず思っているよ」
「おいっ」
「私は彼の外見に引かれただけではない。話してみてその人となりにも引かれたのだ。趣味も合う。彼は優しくて思いやり深いし、とても親切だ。そして奥ゆかしい。日本の美しさを体現したようなピュアな存在だ。惚れ惚れする」
流れるような賛辞の言葉。
「君は利休に不釣り合いだ。男性同士で恋人だなんて重大なことをうっかり口を滑らせて……、そういう思慮のなさや迂闊さは問題だよ」
なんだと。いま『利休』って言ったのか。
「先輩を呼び捨てにすんな」
「彼本人から許可を得ているよ。私たちは同じ学年だし親しく呼び合ったっていいだろう」
くやしくて俺は唇を噛む。
「君は後輩だから呼び捨てやニックネーム呼びというのはなかなか出来ないよね」
ふふんっと鼻で笑われた。
ふん。馬鹿にするなよ。
俺だって呼び捨てにしたことはあるさ。二人っきりの時に。だから自慢したい。けどここは我慢することにした。
「お前フィアンセがいるんだろ。なのに本気で男の利休先輩のことが好きなのか」
「君はどう思う」
「聞いてるのはこっちだ」
キャロットは俺をバカにするような薄い笑いを浮かべた。
「君たちが今は恋人同士だとしても、これからどうなるか分からないよ。いつか君に飽きるかもしれない。利休が君より僕に安心や信頼を見出し、好きになってくれるかもしれない」
「そんなことある訳ないだろ」
「どうしてそんな風に言えるんだい。余程自信があるんだな」
自信なんかない。あるのは先輩への愛だけだ。
「うるせえ!」
その時部室の扉が開いた。
「どうしたの、大きな声だして」
利休先輩は部員募集のビラの校正で大葉先生の元に行っていたのだ。帰ってきたら俺とキャロットが言い合っているので、びっくりしたらしい。
「二人とも仲良くやろうね。特に那須くん。那須くんは園芸部では先輩なんだから、キャロットくんには優しく教えてあげなきゃ。それだけでなく、キャロットくんは留学生で日本の生活にはなれてないんだもの、優しくね」
今までの成り行きを知らない先輩は、部活のことや学校での生活のことでのいさかいと思って俺を諭すのだった。
畜生。
間が悪い。
それにキャロットの奴め。
そ知らぬふりでニコニコ笑っている。とんだ腹黒だ。
俺はしぶしぶ先輩のお願いに従うしかなかった。
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