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第3話

3 白き魔術師  皆、声もなく、ただ呆然と立ち尽くした。  館の外に、馬車の車輪の音と、遠い教会の鐘の音が戻ってきた。  結界が解けたらしい。  「効くかどうかわからなかったけど、間に合ってよかった」  と、小さな空瓶を示しながら、見知らぬ男が胸を撫で下ろしていた。 「ルルドの泉の聖水なんですよ」 「――誰だ」 「ああ、これは失礼しました。ディケンズの旧友、魔術師ウィルビー・ウィルソンと申します」  こいつが?   一見、怪しげな世界に生きている輩とは思えない。眼鏡の奥の灰色の瞳がいつも好奇心と知性で潤んでいるような、人好きのする青年だ。  「立ち寄り先でディケンズの伝言を受け取りまして」  俺たちは急いでディーを客室のベッドに運んだ。  ウィルビーはまじないを唱え、強い睡眠作用がある香をディーの近くで焚く。そして胸のシミを慎重に確認し、見るからに顔を曇らせた。 「中に、……いますね」  「何が!?」 「――悪霊が、か」  そう言った俺に顔を向けて、ウィルビーは静かな声で答える。 「悪霊というか、悪魔、ですね。〝三つに分けられた悪魔〟の話は、聞いていますか?」  俺たちは無言をもって肯定した。  というか、言葉がなかった。目の前で起きたことを理解する言葉も、今の思いを口にする言葉も。 「三つのうちの一つが、ディケンズの中に入り込んでいます」  眠っている穏やかな顔からは、さっきの獣変は想像もできない。いつもの、エロい色男だ。今にも目を開けて「騙されたね?」とニヤニヤ笑い出しそうな。 「意識が戻ると、凄まじい痛みに襲われるはずなので……眠らせ続けます」  ウィルビーの説明が続くが、俺はろくに聞いていなかった。  ディーを見下ろしていると、目の奥が熱くなってくる。視界が霞む。 お前、どうなっちゃうんだよ。ばかやろう。 ――兄さん!   フロゥの声がしたが、俺が応えなかったせいか姿を消してしまった。  やがて俺とマーレイ、エッド、ウィルビーは、自分らに香の影響が届かない部屋の隅に椅子を寄せ集め、いま見たことを検証した。  黒い稲妻はマーレイに直進した。それをかばいディーが走り寄ったのは確かだが、身を呈して救ったというよりは、むしろ、稲妻自体がディーにターゲットを変更して曲がったように見えた。皆も同意した。 「僕よりエネルギーの強いディケンズさんを、選んだのかな」  「そうですね。より強者を求めて、そちらに取り憑いたのかも」 「取り憑かれてたら、僕もあんな風になったのかな……」   不安そうに、マーレイがつぶやく。  「取り憑かれた旦那は、明らかにルージーを犯ろうとしてたよな」   エッドが遠慮なく言い放った。 「依り代が悪魔を取り入れる方法は、セックスらしいって……」  マーレイがウィルビーを見る。 「ええ。この悪魔は実体がないので、いったん人の体に入って、命の素である精に乗る必要があるんです」 「それで、実体化する、と」 「はい。そして身に悪魔を寄生させてしまった者は、選ばれた依り代にそれを移したい欲望に駆られます」 「それで、セックスか」 「え、じゃあ、ルージーが、選ばれた依り代?」 「そうなのかもしれません。でも、たまたま側にいたからかもしれない。ディケンズが執着している相手だから、取り憑かれても執着しただけで、マーレイ君だったら違ったという可能性もあります」 「じゃあ、俺がディーとヤれば、あの中のもんは俺に移るのか」  投げやりに呟くと、マーレイが叱った。 「ばかなこと考えるな、ルージー。わからないんだから」 「そうですね、短絡的なことはやめたほうがいい」  ウィルビーが割って入った。 「ああ、わかってる」  俺が落ち着いたのを見て、マーレイがウィルビーに今回の事の顛末をザッと話して聞かせた。  マーレイに手紙が届いたところから、現在までを。  ウィルビーは少し考え込み、 「思ったより、深刻な事態ですね」とつぶやいた。  その言葉が俺たちの表情を強張らせるのを見て、改めて意を決したように話し出す。 「今回皆さんが巻き込まれたのは、〝三つに分けられた悪魔〟の復活です」 「…………」 「悪魔を封じた容器というものは、実際に存在し、東欧のとある教会に納められていたのですが、数年前に行方不明になりました。誰かが盗み出したのでしょう。その誰かが悪魔の力を欲し、復活させようとしていると気づいた我々白い魔術師協会とバチカンは、秘密裏に行方を捜索し……、中東に持ち込まれたところまでは突き止めました。で、僕が現地で調査を重ねた結果、今は持ち主がロンドンにいると確信したんです」 「ここに?」 「はい。皆さんはお気づきではないでしょうが、ロンドンは今、世界の中心と言っても過言ではない勢いを持っていて、そこにはもの凄い霊的パワーが溜まっています。餌の多いところに集まる魚のように、悪しき存在もまた、エネルギーを欲して引き寄せられてくる。……で、ここから先は僕の懺悔になってしまうのですが」  ロンドンにありと確信を得たウィルビーは、情報通である旧友のディケンズに連絡を取った。そして何ということのない伝説だと装って話して聞かせ、彼が小説にするよう仕向けたという。それが世に出ることで、勘づいた持ち主が何らかの行動を起こすことを狙った、と。 「お前……、ディーを囮にしたっていうのか」 「そういう結果になってしまいました」  神妙な顔で、ウィルビーが認めた。 「悔やんでいます。なので何としてでも、彼を救い、皆さんを救い、悪魔復活を阻止することに……命を捧げたいと、思っています」  誰もが言葉を失った。マーレイがおずおずと訊く。 「僕のところに手紙が来たのはなぜだろう」 「それはきっと……」  言いかけて、ウィルビーは俺をちらりと見やる。 「きっと、敵は、ディケンズの大事な人がスクルージさんだと調べ上げたのでしょう」 「?」  ウィルビーの分析では、つまり、こうだ。  敵は、小説で自分を煽ったのはディケンズ自身だと思い込み、口封じも兼ねてディケンズを生贄に――寄生させる相手にしようと考えた。  彼を表舞台に引っ張り出すには、大事な人に危機が迫るのが一番。  その大事な人は、ディケンズにはつれなく冷たい。  しかし、友人のマーレイに何かあれば、きっとディケンズをも巻き込んで動くはずだ、と。 「ルージー?」  考え込んだ俺の顔があまりに暗かったらしい。マーレイが励ますようにそっと微笑んだ。 「まあ、それが本当かどうかなんてェことは別としてよ」  と、不謹慎なほど元気な声でエッドが沈黙を割る。 「とにかくどうにかしなきゃなんねえのはさ、アレ、あと二回来るんだろ?」  そうだ。前提はどうあれ、今は結果を防がなければいけない。  各人が、できることをしなくては。 「そうですね、僕はあれの撃退や封じ込めに適切な呪文と護符を東欧や中東で調べてありますから、それを発動できるよう準備します」 「俺はその悪魔崇拝野郎の捜索に回るぜ。夜には戻る」  じゃあ俺は、何をしよう……。  思わずディーの眠るベッドを見つめていると、ウィルビーが静かに笑った。 「スクルージさんは、ディケンズに付き添ってあげてください。僕もこの屋敷内であなたたちを守る準備をさせてもらいますから、何か変化があれば知らせてください」  そう言ったあと、いたずらな笑顔にシフトして、朗らかに言ってのけた。 「ディケンズなら、〝さあ皆んな、早く解決してくれ、ジェイの緑の瞳が私のための涙で水色になる前にね〟くらいのこと言うんじゃないですかねえ」  言いそうだ。  皆んな肩の力が抜けて、笑顔がよぎった。 「泣いちゃうなんて、可っ愛いよなあ?」  と、さらにエッドが俺をからかう。見られていたのか……。  マーレイは俺が怒るのではとハラハラしていたが、俺いじりの冗談によって少しだけ場がほぐれたことに安堵も感じたようだ。 「僕も、必死に文献を当たってみるよ」  それぞれに散って行く彼らを見送った後、俺はベッドに少しだけ椅子を近づけて、ディーを見つめた。  ウィルビーも、必要なものを取ってくるためか、下宿に一度帰ったらしい。  夜はいつしか白々と明け始めている。  つい数時間前まで、そこのバルコニーでタバコをふかしていたのに。  つい数時間前まで、俺にちょっかいかけていたのに。  昔は、ディーに構われるのが嫌いじゃなかった。むしろちょっと特別扱いなのが優越感だった。  邪険にし始めたのは、あいつが俺に言うのと同じ調子で、あちこちに「愛」を囁くのを目にしてからだ。 〝今日も綺麗だねロレイン、抱きしめていたくなる〟  〝もう随分、私の寝床の半分は冷えたままだよ、フレッド〟  などなどなど……!  ムカついて、二度とお前の言葉なんか信じるか!と思った。  でも、怒りだと思っていたあれは、もしかして。 「ショック……だったのかな、俺は」   尋常じゃないことに巻き込まれたせいで、変な気分になっている。  茶でも入れるてもらうか、と、席を立とうとしたとき、  「ジェイ……?」   かすれた小さな声が漏れた。 「!」    駆け寄るのを、理性が止めた。また襲われてはいけない。しかし、ディーが上半身を起こそうとして辛そうな呻き声をあげた時には、考えるより先に体が動いていた。 「無理するなよ!」  背中に手を当て、起き上がるのを介助する。ディーは弱々しく微笑んで愛おしそうに目を細めたあと、クスリと笑った。 「泣いてくれたの?」 「なっ、泣いてなんかないっ! お前、意識あったのか!」 「あっはは、いや、まごうことなく取り憑かれているけれどね、所々意識が戻ってね」   不安げな表情の俺の手を取り、指先に口づける。 「守ると言ったのに、逆に迷惑をかけてしまった」   ディーは再び弱々しく笑った。 「自分の中に、何かがいるのがこうしていてもわかる。……君を襲ったのも覚えているよ。ごめん」  言葉を返せず言い淀んでいると、ディーがかすれた声で囁いた。 「怖いだろ、私が」  「いや」   今度は間髪入れず言葉が出た。 「何が入っていようと、今の、この、お前は大丈夫だ。見ていてわかる。お前のことなんか、……怖いわけない」  ディーはいきなり力を込めて腕を引き、胸元に俺を包み込んだ。  何をされるかと心臓が跳ねたが、ただ、ぐっと、抱きしめられただけだった。 「ジェイ、聞いてくれ」   抱擁された耳元に声が囁く。 「これは未完全な悪霊だ。足りない分、あと三分の二を取り戻したくて仕方ないという物凄い渇望と、痛みがある」  痛みと聞いて身体を引いたが、ディーが離さない。 「いいかい、聞いて」   真剣な顔。 「もし、あと二体の悪魔も、オレの身体に入り込んでしまったら」 「そんなことさせない」   俺はディーの言葉を遮った。  ウィルビーも来てくれたんだから大丈夫、と言おうとしたのだ。  けれど、ディーが続けた言葉の衝撃に、すべてが真っ白になった。 「入り込んだら、――――オレごと殺せ」 「ルージー?」  マーレイの声で気がつくと、俺はベッドに寄りかかって床に座っていた。 「眠っていましたね。香の影響を受けたんでしょう」  そうなのか? 夢、だったのか?  「殺せ」という、あれも?  振り返ってディーの寝顔を見つめた。うっすらと汗をかいてはいるが、穏やかだ。  無意識で、俺は自分の唇に指で触れていた。  殺せ、と囁いた男が、その唇で最後に俺に口づけた気がしたのも、夢だったのか? 「何かありましたか?」 「いや、なにも」  自分に言い聞かせるように、俺はもう一度つぶやいた。 「――なにも」  迎えた二日目は、ウィルビーが定期的に呪文を唱えてディーを眠らせ続けるのと、館じゅうに念入りに結界を張り続けるのに費やされた。  あまりに強い結界のため、フロゥも入れなくなってしまったらしい。昨日から姿が見えない。 「僕が外に出たらコンタクトしてくるはずだよ」  とマーレイは言ったが、それは叶わなかった。  なぜなら、眠りの術が薄まるたびにディーが痛みに呻き、荒々しく身じろぎをし始めるので、ウィルビーは治める呪文を唱え、その間、結局マーレイが助手となってディーを抑えたり必要な道具を運んだりする慌ただしいはめになったからだ。  それをしていない間、ウィルビーは対処法の伏魔術を「より効果的にするため」の情報を得るべく、マーレイが大量に収集した怪しげな文献を部屋に持ち込み、調べまくっていた。  こんな時ではあるが、知らない知識に触れるのは嬉しいようだ。 「楽しそうだな」 「謹慎だとは思うのですが、マーレイ君の蔵書が興味深くて。幾つになっても、知りたい欲というのは収まることを知りません」 「そんなもんか」  しかし、役に立ちそうな情報は見つけられず、そのうちまたディーが呻き始めるので、術を施す。  マーレイはマーレイで、俺たちが雇った男たちも含む皆のために食事を用意させたり、ウィルビーを手伝ったり、俺に「眠れるうちに少し眠れ」と言ったり、で、忙しい。  気の休まらない時間が続き、三人ともぐったりした。  あっという間に、夕方だ。  俺は、二人がそろって書斎に消えた後、ちょっとの間くらい外の空気を吸っても大丈夫だろうと考え、中庭に出た。  庭を囲む鉄柵の向こうには、用心棒として配置したエッドの手下たちが数人。俺を見つけて会釈をする。  と、通りの向こうから若者が走って来て鉄柵越しに何か報告した。 「旦那、エッド兄貴からの連絡がありましたぜ」 「聞こう」   中庭にこんもり茂るバラやミモザの低木をかき分けて鉄柵に近寄ると、走って来た若者が、間近で見る俺にポッと頬を染めながら報告を繰り返した。 「あ、あの、エッド兄貴が伝えろって……。最近、怪しい男がスクルージさんのことを聞きまわってたらしいです。で、気をつけろと」 「俺のことを?」 「ええ。それが、主にディケンズさんとのことで、親しいのか?とか、なんかそんなことらしいんで。あと、緑の目かどうかも訊いてたらしいです」  目のこと……? 印象的な目の若者を探しているという、あの変態野郎なのか? そいつが俺を?  でも、何でディーとのことを知りたがる? 「そいつの、見た目とかはわかるか」 「なんか特徴的な鉤鼻をした、痩せた年寄りだそうで」  ……あのジジイだ。  突然やって来て、人の顔を不躾にじろじろ見やって、「ふん、こんな男か」と言った、あの。  俺の顔を(もしくは目を)確かめに来たのか?    勘弁しろよ、〝三つに分けられた悪魔〟で手一杯なのに、変態まで周りをうろついているのか。 「わかった、気をつけるよ。ありがとう」  礼を言われたことで若者はまた一層、顔を赤くした。  そろそろディーの見張りに戻らないと。と、思ったそのとき、突然の風がバラの低木をざあーっと揺らし、俺たちの髪を散らした。 ――兄さん! 「フロゥ?」  霧のような白い塊がぶわっと目の前に現れ、その中に、俺に向かって手を伸ばす姿があった。  何かを叫んでいるが、台風の中で叫ぶ人のように、その声は、途切れ、途切れ。 ――にい……館……出て! 早く! 出……のよ! に……さ……  風が止む。フロゥは消えた。男たちにフロゥは見えないので、「ひでえ風だな」「タバコが消えちまったぜ」と服のほこりを落としながら言い合うだけだ。 「スクルージさん! 大丈夫ですか? 何かありましたか」  窓からウィルビーが顔を出した。フロゥの気配を感じたのだろうか。 「なんでもない! すまない、今そっちに戻る」  空が暗くなってきている今、考えるべきことはまずディーを守ることだ。変態のことも、フロゥのことも、この真夜中を守りきってから、考えよう。 「ルージー、部屋にいないから心配したよ」 「ああ、すまん。悪かった」 「……」 「なんだよ」 「いや、素直で気味悪いなと」 「はあ!?」  二人のやりとりをウィルビーが面白そうに見ている。その肩越しに青白い顔で眠るディーが見えなければ、俺も多少はこのふざけたやりとりを楽しむことができたろう。  マーレイによると、俺が中庭にいた間にディーが呻き出し、老執事の知らせで駆けつけた二人が、まじないを施していたらしい。  だんだん、術が薄まる間隔が短くなっている気がする。魔術師の力をもってしても、悪魔の暴れる力は抑えきれないのか。  物凄い痛みがある、と言っていた。  簡単に弱音を吐く奴ではないから、本当に「物凄い」んだろう。  どうすることもできない焦りと不安を抱えながら、数時間が経った。 「悩ましい顔されてますね、スクルージさん」  そっと近寄ってきたウィルビーが穏やかに言う。 「ディケンズが見たら心配で心配で、胸が張り裂けそうになるでしょう」  手を差し伸べ、すっと俺の頬に指先で触れる。 「ディケンズだけじゃない。私だって、そうです。美しい瞳だ。ディケンズが夢中になるのもわかる」  驚いた。こんな艶めいた言葉を吐いて俺を見つめるような奴だとは思ってなかった。  驚きから、俺はごまかし笑いをしてウィルビーから離れた。 「変態まで引き付けちまう目だもんなあ」  ちょうど街から戻って来たエッドが、話の最後をとらえて茶々を入れた。 「なんのことです?」 「いやあ、それがなあ」  俺がさっき男たちと聞いた話がエッドによって繰り返され、ウィルビーは静かに聞いていたが、マーレイが憤りの声をあげた。  「ルージーを狙ってるのか、その、目が好きな変態は! そいつのせいで、ホワイト・チャペルでも暴漢に狙われたんだろ? 許せん!」 「あれかね、緑の目ってのは、なんかそそるモンがあんのかね。あっちの具合がえらくイイとかさ」  口さがないエッドが思ったことを素直に言う。 「おい、僕の友人に失礼なこと言うな」 「失礼じゃないだろ。イイって言ってんだからよ」 「んなっ……!」 「俺の友人はこんなことぐらいで怒ったりしねえよ、なあルージー」 「まあ、そのことはいいって」    当の俺がそう言ったことに、マーレイはますます憤った。 「よくないよ!」 「緑の目には、こんな話がありますよ」  ウィルビーが助け舟で話の方向性を変えた。  「変わった目の色には霊力があるといいます。実際、緑や紫の瞳をした魔術師は優秀ですし、一般人にも幽霊や精霊をよく見るという人が多いですね。大昔は、生贄の条件だったこともあるようです」  確かに、俺も「見る」し、フロゥに至っては、死してなお明確に存在しているくらい霊力が強い。 「こっちより、あっちの世界に近い奴ってことなのか」 「あるいは、ちょうどその中間の存在、でしょうか」  ウィルビーが遠い目をする。 「死ねない呪いを背負った者を知っていますが……、彼も灰色がかった緑の目をしていました」 それは、ヴァンパイアか何かなのだろうか。  俺は超常現象が日常という世界に生きているため、この世に「いる」と言われるものについてほとんどは「いる」のだろうと達観している。ウィルビーが会ったと言うならそれは、本当にいるのだろう。 「なあ、もしかしてだよ」  考え込んでいたマーレイが、まっすぐに俺を見た。 「目の一件と、〝三つに分けられた悪魔〟の件は、繋がってるとは考えられない?」 「ほう?」   ウィルビーが興味深げに目を細める。  マーレイの思いつきでは、悪魔崇拝者の誰かは、ディーの中に〝三つに分けられた悪魔〟を寄生させることに励む一方、最終的にそれを注ぎ込む依り代も同時に探していた。霊力の強い、変わった瞳の色の人物を物色していたんじゃないか、と。 「そして、ここに、緑の目のルージーがいる」 「ディケンズの旦那を引っ張り出すエサにルージーを使うつもりが、しめしめ、こいつ自身も使えるなと思ったわけだな」  口喧嘩を忘れて、二人が同意する。 「そう、だから、変わった目の若者を求めていた誰かと、悪魔崇拝者は同一人物だと思うんだ」 「なるほど。いい推理ですね」  褒められて嬉しそうだ。 「じゃあそっちの線を辿れば、犯人にたどり着けるかもな」 「可能性は、あります」 「明日は、その線を追うことにするぜ」 「ああ、頼む」  時を告げる教会の鐘の音が聞こえ、皆いっせいにマントルピースの置き時計を見た。  夜は充分に更けた。再び、真夜中は、近い。

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