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金糸雀(カナリア)6 side楓
「あーっ!やっと帰ってきた!楓っ、長野先生が呼んでたぞっ!」
昼休みが終わり、教室に戻ると。
加藤くんが飛び付いてきた。
「え?」
一瞬、さっきの和哉の顔が頭を掠めたけど。
「今日、全日本学生音楽コンクールの予選結果の発表日だろ!」
興奮気味の言葉に、ようやくそのことを思い出す。
「そうだっけ…すっかり忘れてたわ…」
「もうっ!どんだけぽやーんとしてんだよっ!先生、なんかすげーご機嫌だったから、いい報告じゃねぇの!?」
「まさか。俺なんかがそんなことないよ」
「もーっ!そんなのわかんないじゃん!とにかく、早く行ってこい!」
ドンっと背中を押されて。
俺は再び教室を出た。
「ぽやーんって…また言われた…」
ふらふらと職員室に向かいながら、春くんの言葉を思い出す。
俺、そんなにぽやーんとしてるのかな…?
まぁしっかりしてるわけじゃないってことは、自分ではわかってるけど…
それに、コンクールのことを忘れてたのは、そういうんじゃなくて
全国から集まる才能に溢れた人たちが争う中に、俺なんかが入れるわけがないからで
俺はただ
自分が好きなものを自分の納得のいくまで追い求めていたいだけ
ピアノは父さんが俺に残してくれた
たったひとつの絆だから
「失礼します…」
職員室のドアを開くと、中にいた長野先生が振り向いて。
満面の笑みで、駆け寄ってきた。
「九条くん!おめでとうっ!」
そうして、両手をぎゅっと強く握られる。
「え…?」
「通ったよ!全日本学生音楽コンクール!」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
予選、通った…?
いや、そんなはずはない
こんな出来損ないの俺が
そんなこと…
「ほんと、ですか…?」
「こんなこと、嘘吐くわけがないがないだろうっ!ほらっ!」
そう言って先生が差し出してきたのは、俺の名前と『通過』と書かれた手紙。
それを見せられても、俄には信じられなくて。
何度も何度も、その文字を目で追った。
「…うそ…」
「はははっ…まだ、信じられないかい?」
「…はい…」
認められた…?
俺の…
父さんの音が、みんなに認めてもらえた…?
「すごいよ、九条くん!この学校から予選通過者を出すのは、実に8年ぶりの快挙だよ!」
そう言われても、やっぱり実感なんてなくて。
「でも、惚けてる時間はないぞ?まだ、予選通過しただけだ。本選は一ヶ月後、あまり時間はないからね?」
長野先生は、すっと笑顔を引っ込めて。
強い意思の宿る眼差しで、俺を見つめる。
「君なら、いける。今まで何人も生徒を受け持ってきたが、君はその中でもトップクラスの実力の人間だ。これからの頑張り次第では、一位だって狙える」
「そんなこと…」
「何人ものピアニストを育ててきた私を、もっと信用してくれないか?もっと、自分に自信を持ちなさい。君なら、必ずやれる」
お世辞だってわかってるけど。
先生の言葉は魔法のようで。
こんな俺でもやれるんじゃないかって
出来損ないのβでも
αたちと対等に戦えるんじゃないかって
蓮くんの隣に立つにふさわしい人間になれるんじゃないかって
そんな錯覚を引き起こしてくれる。
「…先生、俺…」
「私も、私の全てを教えるから。一緒に頑張ろう」
「…はい」
気が付いたら、首を縦に振っていて。
先生は、また嬉しそうに笑った。
「これ、課題曲と自由曲のスコアだ。自由曲は君のイメージに合わせて、私が選んでおいたよ。あと一ヶ月、やりきろうな?」
俺は、差し出されたスコアを受け取って。
それを胸にぎゅっと抱きかかえた。
「よろしく、お願いします」
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